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村上龍「ヒュウガ・ウイルス」再読

村上龍氏の数ある著作の中で、私は「五分後の世界」と「ヒュウガ・ウイルス 五分後の世界Ⅱ」の二部作がとりわけ好きだ。
「コインロッカーベイビーズ」と並んで、どれだけ読み直したかわからない。

この「ヒュウガ・ウイルス」を読んだことのある方は、現在、新型コロナウイルスのニュースに接しては、その内容を彷彿としているのではないか。

「ヒュウガ・ウイルス」の引き起こす病状は激烈かつ致命的なもので、新型コロナの引き起こす肺炎とは様相を異にするものだが、当初よりその発生源と推定されたのが、武漢の『市場』という辺りが、小説と近似していると私には思えた。

「ウイルスの多くは宿主と共存して生きている、ヒュウガウイルスも恐らくそのようにして、虫とかコウモリとか鳥とか動物の中にいたのだろう、生態系に強いストレスがかかると、ウイルスと他の生物との平衡状態が変化する、温暖化によってウイルスの繁殖範囲が広がり、都市が生まれ広がることによってウイルスを宿した小動物が集まり、人に感染するウイルスを持つ動物、例えば豚やアヒルや犬やニワトリなどをお互い近くで飼うことによって遺伝物質の交換が容易になりその結果ウイルスの自然変異が多くなる、そうやってある時、他の宿主には無害だったウイルスが突然人に出くわす、出現し、襲うわけだ」

様々な異種を、生きたまま煮詰めるかのような環境に放置しておくことは、恐るべき未知のウイルスを発現させる可能性を高めるのではないかと私も思う。四半世紀近く前の1996年に発表された小説に書かれた未来が、フィクションを超えて現実味を帯びる。

ヒュウガ・ウイルスに効力を持つ免疫系が物語の最後で発見されるが、それは、罹患した人間のそれまでの生き方によって発動するか否かが分かれる免疫系だった。とても、とても村上龍氏らしい結び方だ。

このさき人類は、自らの行いが招くこうした厄災に、何度も何度も洗礼を受けるのだろう。
未来ではない将来にきっとまた我々は新型ウイルスと遭遇する。
その時に対疫病のエキスパートでもない私のような者は、冷静さやセルフケアの実践力もさることながら「自らの排他(的攻撃)性を直視できる成熟度」も、大きく試されるのではないかと思う。

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