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【回想・喫茶店日記】秋と孤独。(2021年9月18日〜10月3日より抜粋)

9月18日 土曜日

 台風14号は大したことなく通り過ぎていった。
 最近中古でマニュアル車を手に入れ、運転し始めた。どうだ、もう慣れたか、とカウンターのおじさんたちに聞かれた。マスターは「大丈夫ですよ、きっとあっという間に慣れますよ。皆さん、面白いのは今だけですよ。」と言い、わたしはおじさんたちに笑われた。


9月23日 木曜日

シュウジさんが今日はなぜか珍しく、ピンクのワイシャツを着てきた。全然関係ないけど、ちょうど数日前にご近所に住むマサミ君が「僕はもうシティーボーイじゃないから、ピンクのシャツは着ません」と言っていたのを思い出して笑えた。

ピンクシャツ、シティーボーイ…!!


9月24日金曜日

閉店前はカウンターが満席で、反対側は空っぽだった。(いつものことだけど) 
「先生」と呼ばれる彼が、今日は枝のままの枝豆を大量に持って来て、軽トラの後ろに積まれたそれらをどさっと店の玄関先に置いた。カウンターのおじちゃんおばちゃんたちはみんな椅子を持ち出して、ワイワイと玄関先に座りこみ、好きなだけおしゃべりをし、好きなだけ枝豆をとり、そして、嬉しそうに袋に詰めて持ってそれぞれの家へと帰っていった。

到底カフェで見られる光景ではないよなぁと、改めて笑えた。マスターは「枝豆テロ…」とみんなが帰っていったあと呟いた。


9月25日土曜日

今日は、気持ちがいい秋晴れ。また台風が来る前の、今日は貴重な稲刈り日和。
だからか、日中店はとっても静かだった。


9月26日日曜日

昨日とは打って変わって、びっくりするくらい忙しかった。びっくりするくらい忙しかったのは久しぶりだった。洗い待ちのお皿の山でシンクの底はずっと見えなかった。
今朝、鹿が2頭罠にかかり、それを処理する大仕事を終えた鈴木さんがようやく店に来たのは夕暮れ5時半ごろ。その頃はすっかりあたりは薄暗かったし、お客さんは鈴木さんと近所の男の子ひとりだけで、もう静かだった。
連休最終日だし、きっとみんな帰路についたんだな。


9月29日 水曜日

今日も、気持ちがいい秋晴れ。午後1時過ぎ、地元のスーパーの裏方(お惣菜の揚げ物担当)として働く田中さんが、仕事が終えていつものように、珈琲ください、と言ってカウンターに座った。ちょうど店は静かだったから、2時半の歯医者に行くまでゆっくり居させてねと言った田中さんと、今日はゆっくりお話しできた。
「ももちゃん、オーバーオールとか着る?」と聞かれた。田中さんのお洋服はいつも可愛らしくて、お洒落な人だなぁと密かに憧れていた。ちょうどわたしと同い年くらいの息子さんがいる。ボロボロだけどギャルソンの革靴も今度もってくるからよかったら履いてみてと言ってくれた。嬉しすぎるお下がり。(まだ見てないし着てないけど絶対好きな感じだとわたしは確信している。田中さんのお下がりというだけで嬉しい。)若かりし頃の田中武勇伝もまた一つ聞けて楽しませてもらった。

4時になった。今日は4時にある約束があった。
デンマークにいる友人ヨハンナとのあるプロジェクトを実行中なのだった。ヨハンナは詩を書く女の子で、大学で文学の勉強をしているのだけど、今は映像のことも勉強をはじめたそう。その課題で時差をテーマにした作品を撮ろうと閃き、思いついたのが日本にいるわたしだったみたいで、ちょっと前に声がかかった。この1週間はヨハンナに提案された時間に30秒だけ、同時にお互いが何をしているか何を見ているか、その状況を撮影した。たったのそれだけのことなのに、約束の時間が近づいてくるとなかなかに緊張した。同時に同じ地球の上で、わたしとヨハンナはそれぞれの見える景色にカメラをまわしているのかと思うと、不思議な気持ちになった。今頃デンマークは朝の9時。ヨハンナは何してるかなーと思いを馳せながら、初めて仕事中にカウンターの中からスマホで撮影させてもらった。(もちろん許可はもらった。)
店内は静かで、カウンターに足の不自由な杖をついた男性と、モリちゃんの二人だった。モリちゃんは、窓の外の、国道の方をぼんやり眺めて「大型のトラックが多いな」と呟いた。窓からはちょうど西日が差し込んでいて眩しかった。その奥の部屋には、ちょうど今朝アサイさんが持って来たマユバケオモトが綺麗な花を咲かせていて、薄暗い部屋の中にポワンと白く見える。オモトの花を咲かせるのはかなり難しいことらしい。珍しいその花が咲く間だけ、彼女は鉢をこのカフェに持ってきてくださり、花が散る頃、それをお家へ持って帰って行く。みんなに楽しんでもらいたいからという。なんてことのない静かな30秒だったのだけど、改めてカメラにおさまったその景色は、なんだかずっと昔のことみたいにも見えたし、とっても新鮮にも感じた。
杖の男性は片手で器用にお財布からお札や小銭を取り出してお会計を済ませた。私がドアを開けると、「これから東京に帰るんです。」と行って初めて少し笑顔を見せた。どうやって帰るんだろうかと色々疑問が浮かんできたけど、でもいつものようにわたしは、お気をつけて、といってゆっくりゆっくり歩いて去って行く彼の後ろ姿を見送った。

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4時半ごろになると続々とカウンターは埋まっていった。早速、今日の総裁選の話から始まり政治の話をしている。あとから来たタカツカさんは、最近毎日仕事終わりに来ているが、今日は仕事の電話が鳴り止まず、外に出たり入ったりしてなんだか落ち着かなさそうだ。何度目かの電話を終えてやれやれと疲れた顔でカウンターに戻ってくると、「死にたいって。」といった。わたしはその時よく聞こえなかったのか、そう聞きたくなかったからか、彼がなんて言ったか聞き取れなかった。「死にたいんだってさ。」と、二回言われてようやく理解した。彼は、もう慣れっこさ、という顔をしていた。ずっとこういう仕事して来ているからさ、と。そして「人間、孤独がいっちばん、つらいんですよ。」と言った。なんて言葉を返していいかわからなくて、そうなんですねと聞きながら、とにかくいつものようにコーヒーを淹れた。
そこに、中野さんがやって来て、おっという顔をし、「もしかしてキノコ名人ですか?」とカウンターに座るタカツカさんの顔を後ろからニヤニヤと覗き込んだ。それからすっかりカウンターでの話題がキノコになった。中野さんの持ってきたビニール袋の中には今日とって来たリコボウダケと、謎の白いヒラヒラしたキノコが入っていた。巨大で、いかにもヤバそうな見た目をしていたが、誰もこれが毒かどうかはわからなかった。変なキノコ食べて死なないでくださいよ、と冗談を私がいうと、中野さんは「死ねたほうがマシだ、死にきれずに苦しむ方がやだな。」と言った。「倒れるならここで倒れたいよな!」と隣の清水さんは言い、ここで試しに食ってみるか!とか、それじゃあマスターが困っちゃうだろ!とか楽しそうに言いながら、みんなガハハと笑った。気がつけば、もう外は暗く、あっという間にカウンターは満席になっていた。
人は基本孤独なんだと思う。でも、こうやって誰かに会い、なんでもない会話をして、じゃあまた、と別れる。そんななんてことのない日々があるから、明日もまた生きていけるのかもしれない、と思った。


9月30日 金曜日

 「こういう雨の日は、汚ないだよ、アルパカは。」とシュウジさんは言った。


10月2日 土曜日

 朝一番でカウンターに座った江本さんに、「ももちゃん、人生ってのはさ、タイミングなんだよ」と言われた。そして、人生にチャンスは3回しかないからね、と付け加え、いつものように彼はカフェオレを飲んだ。


10月3日 日曜日

 今日、先生は枝豆を持ってこなかった。よかったぁと安心した。(嬉しい反面後の片付けが結構大変) るりさんは最近、裏でこっそりと彼のことを「枝豆先生」と呼んでいる。わたしも気に入ってこっそりそう呼んでいる。緊急事態宣言も開けたけど、店は思ったより忙しくはなかった。カウンター側は稲刈りで忙しいからだと思う。
 夕方5時過ぎごろ、音楽団さんが久しぶりにきた。いつも練習の後に来てくれるのだけど、コロナの影響だろう、しばらく来ていなかった。もう閉めてしまっていた奥の部屋の扉をるりさんは開けて「お久しぶりです」と言って彼らを迎えた。必ず彼らはその席に座ると決まっているので毎週日曜日の夕暮れになってその席が空いていると、なんとなく早く綺麗にして扉を閉めておく。先頭を歩く男性は「どうもどうも」と言ってソファに腰掛けた。なんだか嬉しかった。わたしにとって音楽団さんは、毎週日曜日にサザエさんのような存在だ、と思った。ああ今週も1週間終わった、という、安堵にも似たような気持ちになる。
 音楽団さん、と呼んでいるけど、どんな音楽をしているのかは全く知らない。年齢も性別もバラバラだけどいつも楽しそうに音楽の話していて、いいなぁと思う。どんな音楽を奏でているのだろう。勝手なわたしの想像だけど、バロック音楽のような古典音楽を演奏している弦楽団だと思う。いつの日か聴いてみたいな。全然違うかもしれないけど。


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