またあの劇場で~大好きな踊り子さんとストリップ劇場、或いは皆にとって大切な場所と私についての長い長い呟き~

劇場ってね、
ただ客が舞台上で演じられているものを観るだけ受け取るだけ楽しむだけの場所ではない。
私はそれをここ数年、とても濃くありがたくしあわせに感じさせてもろてきました。
大好きなストリップの踊り子さんとそのお客さんから、
全国でももう数少なくなってしまったストリップ劇場で。
そんなことは改めて別のところにちゃんと書こうと今とりかかっています。
が、今はここに思うことなどをつらつらと挙げておきたくなりました。長いけど、お付き合いいただけたら嬉しいです。

本当なら今週は大好きな踊り子さんのデビュー16周年のお祝い週の初日のはずでした。
わくわくと駆けつけて客席のいろんな皆さんと胸いっぱいで周年の出し物を観ていたはずでした。
去年も、おととしも、ああ、そんなしあわせな週でした。
かわいくて、かっこええ、ステージを見るたび「わー、うわー、すげぇ」、
なのに、なんかお茶目でやっぱかわいくて愛しくて。
ふわふわと、でも、鋭すぎるまでの鋭さを持っている踊り子さん。
うん、きっと弱さも、そして痛みも、たくさんたくさん知っておられるのでしょう。知っているだろうからこそ、やさしく、強いのでしょう。
大好きな大好きな舞台人で表現者で、本当に「出会えて良かった」と思うストリップの踊り子さんです。
周年興行はまた落ち着いたときに改めてということやけど、
あ、いや、ほんまのデビュー日デビュー週は正確には先週だそうなのやけど、「おめでとう」を早く劇場でみんなとみんなで言えますように。
今はおめでとうとありがとうと。そして、「わしも戦う」いや「みんなで戦う、戦お」を・・・。

大袈裟かつ「なんやねんそれ」って感じやけど(笑)、
「生きてるね。生きてるで。生きてるね。ありがとう」。
劇場で彼女と彼女のステージと
そのステージを一緒に観るお客さんたちといるとそんな気持ちになりました。(過去形おかしいねんけど)
意味不明やねんけど(笑)「ああ、あなたがいるから、今、私がいるねんで」みたいなことを。それはきっと私だけじゃないと思います。
舞台から「気」をもらい、客席から舞台へ「気」を送る。
勿論、課金(この言葉嫌いやねんけど)とかも喜んでするししたいってのも含めてなのですが。
彼女と、彼女を含む踊り子さんたちと、
様々なお客さんたちと一緒に泣き笑いしながら学んできました。
劇場で客席で自分もその一部になることで。
ここに集う素敵でちょっと不器用(?!)な、
「人生の楽しみ方を見つけた」みたいな人々がそして自分が好きになりました。
ストリップ劇場が、私にとって、ううん、私にとってもめちゃくちゃ大事な場所になりました。

いや、ほなお前、公私共にかかわってきた旅芝居・大衆演劇はどやねん、ってツッコミもあるかもしれん、あるやろう(笑)
旅芝居・大衆演劇はちょっとトラウマというか辟易というか個人的に(笑)。
そんなこともまた書きましょう、もっと。今やから書いていいでしょう私が、書かなあかん。
でもそのトホホさも含めて、面白いよ、愛しいよ。
このことにも今だからこそ向き合おうと思っているし取り組んでいます。
でも旅芝居でも、同じよなと思います。
私にとっては〝それ〟を感じさせてくれたのはストリップ劇場と彼女と彼女のステージとお客さんでした。
旅芝居を経たからこそここに来れたのだと思っています。
でも、同じよな。あなたにとって皆にとって大事な場所や大事な人、
ストリップや旅芝居やそれだけじゃなくそれぞれ皆にそんな場所やものや人があるのだと思う。そう思って今ここに書いています。

劇場は、必要なのです。
なくなると、金銭的に困る人が居るのは勿論(←舞台に立つ人やそこで働く人関わる人ね)、
でもそれと同じくらいかそれ以上(?!)に
なくなると精神的に生きていかれへんなる人がいっぱいいると思います。
舞台上にも舞台裏にもそして客席にも。
本当に、生きていく上での精神的な支えとして。
今はそれどころじゃなく衣食住に困る(コロナのせいで国のせいで)人が数えきれないほどいる。
そんな中贅沢で傲慢だろうことを言っているとは思います。
でも大袈裟かもやがほんまやねん。
いつも、いつの時代も、これからも、ずっと、
なくなったら困るしなくしたらあかんねん。なくさせたらあかんねん。
精神的な死を迎える人がここにも数えきれないほど居る。
と、ストリップ劇場のトホホでわははで不器用でやさしいお客さんたちと己自身を考えて思います。生で、劇場で、その場所で、みんなで観る。気と気持ちのやりとりを「生(realとlive)」ですることで生きる(Life)、なんかうまく言うたつもりで言えてないけど、せやねん、劇場で、やねん。

だからもっともっと考えなあかんよなあと思います。
絶対になくなったらあかんからこそ、もっともっと、思っているよりも考えなあかんし、戦わないといけないのだなと思います。
みんなにとって大事なあの場所を絶対に守らなあかん。
守らなあかんし、守られなあかんねん。個人の力じゃ限界があるねんな。
私はあほやからもっともっと考えな、勉強せなあかんと思います、この度の事でちょっと恥ずかしく情けなくなりました。
大事な人と場所を守るための武器も頭もない。口だけや。
楽しいとか観たいとか好きなもの観れて嬉しいとかまたはよ観たいとかだけじゃあかんね。
なくさないために、政治の事やお金の事や国の事をもっとちゃんと、
みたくないことももっともっと、これも「生きることそのもの」たるストリップと旅芝居の舞台から学んできたことなのにね。
そして、逃げず私の言葉で私の大好きな場所と人を書く書き残すことももっと向き合わなければ逃げずに…と、今、改めて思います。言葉を吐くために、言葉をたくさん吸収したい、と、今、鬱々や苛々や悩んで動けない期間を経て、やっと、焦りと共に読んだり書いたりに取り組み出しました。

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冒頭に書いた踊り子さんのことについて・・・
3年前、はじめて観たときに書いた真面目な文などをここに置いておきます。
知ってる人も知らない人もよろしければ是非読んでいただけたら嬉しいです。こんな長い呟きではなく、真面目に、文章です(笑)

https://momo1122.at.webry.info/201711/article_12.htm

またあの場所で会いたいし、絶対に、会いましょう。
うん、これを読んで下さったあなたも。皆、皆の劇場で。会いましょう。悩みなく心配なく笑顔で。どうかその日が必ず来ますように。一日でも早く来ますように。ひたすらに願うばかりです。

いつも以上にまとまらない、いつもながらふわっと漠然、文ちゃうな、長い長い呟き(叫び?!笑)となりました。
でも今ここにはこんなんを置いておきたいと思います、置いておかせてね。
いつしかこんな人の目を気にするような〝ふわっと〟(死ぬほどいろんなエピソードとか書くことあるのに)が
ちょっとしたクセになってきた、その理由にも気付きだしたし。もうええね、出していくで。〝はだかんぼ〟!
トラウマとリハビリと反撃(それは違う)と開き直り(それも違う)、いえ、書かねばです。
こんなんやが、読んでくれた人にも、ちょっとのなんかになったらええねんけど、いやそれは贅沢で傲慢、でも嬉しいです。
とりあえず、置いておく。noteの使い方間違ってるな(笑)

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