『落研ファイブっ』第二ピリオド(13)「父(自称ラノベ作家)のしこしこ化が止まらない件」
ついに試合当日。
〔仏〕「じゃ、行ってくる。本当に試合を見に来るの」
スポーツバッグをよいせと肩に掛けた仏像は、うさぎエプロン姿でしゃもじを片手に持った父を振り返る。
〔父〕「もちろんだお!(^^)! 五郎君の晴れ舞台だし、たーちゃん先生から誘われたし」
〔仏〕「『たーちゃん@二十五歳丸の内OL』アカウントはネカマ用の裏垢だから、その名前で今日は呼ばないように」
〔父〕「大丈夫だお。それに今日はわっちの小説をみんなに宣伝するんだお。絶対読者さんと星を増やすお」
父親は、しゃもじを天高く掲げて五歳児のような笑みを浮かべる。
〔仏〕「わっちって何だよ。頼むからそれだけはやめてくれ。あのな父さん。何のために皆ペンネームで活動してると思ってるんだ。あんな恥ずかしい話は中学生でも書かんぞ」
〔父〕「恥ずかしくないお。父さん自作のアルゴリズム分析でビックワードを組み込んで毎日のサブタイトルも決めてるお。流入数や検索ヒット数にページ離脱タイミングに離脱ワードの傾向も監視してるお」
長年のハゲタカ稼業で培った分析力は、まったく無駄な使われ方をしているようである。
〔父〕「悪役令嬢と無職にダンジョンは息の長い人気テーマだお。あと半年は持つお。VRMMOとNTRとTSは泣く泣く切ったんだお。『無職輪廻――外資系スーパーエリート(以下略)』はダディの緻密な戦略によって作られた(以下略)」
単なる思い付きで話を作っている訳ではないと主張され、仏像は頭を抱えた。
〔仏〕「頼むから、今日一日は仕事用の話し方をしてくれ。そうでないと他人のふりをするから」
〔父〕「無駄だお。今日はピーマン研究会のみんなと一緒に応援しに行くんだお。皆大きくなった五郎君に会いたがってるお。それから今日の夕飯こそトンカツだお。ダディと一緒にトンカツ食べるお」
嘘だろと膝をつきそうになりながら。仏像は後ろ手で玄関を締めた。
〔仏〕「日に日に症状が悪化してやがる。決定的にぶっ壊れたのはやっぱり、大山に行くために鶴巻中亭に泊まった所からか」
仏像は一度シャモの話を真面目に聞かなけりゃと思いつつ、駅へと急いだ。
〈午前七時 金沢八景駅〉
〔シ〕「おはよ仏像。何で今になって鶴巻中亭の話を持ち出してきたんだよ」
同じ電車に乗っていたシャモを捕まえると、仏像はシャモに父親の『異変』についての心当たりを告げた。
〔仏〕「うちの父さんが戻ってきてからの記憶とその前の記憶と、シャモの記憶にずれは無い、か。俺と松尾の記憶にずれが出ている。この差は何なんだろう」
〔シ〕「松田君との記憶のずれって」
〔仏〕「えっとな……。俺はあいつの家に行った記憶があったのに、あいつの中では俺を家に上げていない事になっていた。まあ、大した事じゃねえよな」
仏像はあいまいに言葉を濁した。
〔シ〕「他に何かずれはあるか」
〔仏〕「多分今のところない。カナダにいる母さんが妊娠したのも変わってないみたいだし、父さんのリストラもって、あ」
〔シ〕「知ってる。誰にも言ってないけど」
〔仏〕「済まん。黙ってて悪かった。外資系には良くあることだから、とっとと次を見つけて転職するとは思っていたんだが」
〔シ〕「お宅の父ちゃん、あの状態からすぐ転職できると思う」
〔仏〕「あの状態からって。泥酔状態で美濃屋に行った後にも何かやらかした」
〔シ〕「『無職輪廻――外資系スーパーエリート(以下略)』に星三つつけてくれってうちの父ちゃんに頼んでいった」
〔仏〕「止めてくれええええ。だれかあれに麻酔銃を、ぶっとい麻酔銃を撃ってくれえええ」
仏像は改札口の外でしゃがみこんだ。
〔下〕「おはようございまっす。聞いてください。ついにサッカー部が九月十六日から活動再開で、何と監督がすっごい大物が来てって。あれ政木先輩、顔色悪いっすけど」
貧血を起こしたようにうずくまる仏像を、改札から元気よく出てきた下野が心配そうに見つめた。
※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。
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