義母の帰省計画
「一度で良いからおかあさんを村に帰してあげたいの。後悔したくないから。」
と、義姉2人が言ったのは2022年の6月末。旅行直後のことだった。
『看取り』とはどう在るべきか?
仕事の場で私が関わった『看取り』は、旅立つ本人の想いよりも、旅立ちの瞬間が苦なく穏やかに、という点が重視されていた。
高齢者施設介護におけるその場面で、対象者のほとんどが認知症であること。
看取りケアの加算が取れる期間が短いこと。
そのような要因から、いざ『看取り』という段階では、対象者が願いを口にすることすら難しい場面ばかりであったからである。
そもそも、いわゆる『特養』に住まう方はいつこの世を去っても不思議ではない。
死期が見えて初めて特別な何かをするのではなく、普段のケアの延長に看取りがあるのだ。
介護とは誰の為に在るべきだろうか?
施設介護従事を10数年経験してゆく中で、私は理想より現実を意識して見て働くようになっている。
それでも『本人が主体で在るべき』という基本的な理想は捨て去れない。
私がやってあげたいから、私なら嬉しいから、が先行してはいけない。
つまり『義母』が『帰りたかったと後悔する』と言ったから、ではなく
『義姉』が『帰してあげられなかったと後悔したくない』と思うので帰省させる。
と言うのは、同じようで全く違う話だということだ。
では、義母自身の気持ちは?
「うちにいる時は自分のことは何でも自分でしてたのよ。ここでも何でもさせてね。」
「今頃うちの庭には●●の花が咲いてる頃なのよ。」
そんな風に、義母がふと漏らす言葉には『ここは私の家ではない』が散りばめられていた。
60年以上築き上げてきた場所から離れた者の当然の反応だ。
つまり帰省は義母本人の意向と合致している。
それを受けた私は?
どうにか帰省を止める方法はないだろうかと考えた。
それは非情であり、私自身の介護感にも背く。
しかし、育児、家庭、仕事、介護、という4足のわらじを履かねばならぬ日々の中に義母の希望を叶える余地はなかった。
それに、道中や帰省先で体調を崩した時に適切な処置が出来る者が誰もいないのだ。
キーパーソンである夫は?
「母ちゃんが帰りたい気持ちは、分かる。
でも病状を考えるとリスクしかない、帰らせるべきじゃないと俺は思う。」
夫が味方になってくれたところで義母の気持ちも義姉2人の主張も変わらない。
何よりここは施設ではないし、私の立場は嫁なのだ。
であれば、どうするべきか?
夫はこう結論を出した。
「帰らせたいって言う姉ちゃん達が連れて帰ってやるべきだ。」
こうして、義母の帰省計画はスタートした。
道中、及び帰省中、終始義姉2人が付き添う。
私達は同行しない。
上記したように、帰省させたいと思えないからである。
しかし義姉2人にも義父母にも一切その理由を説明しなかった。
言ったところでどうせ分かってもらえないと諦めていた。
そこに労力を割くのは時間の無駄というものだ。
同行しないと納得させる穏当な理由も必要だ。
私達は息子を言い訳に使った。
実際、1歳半のわんぱく坊やが大人しく電車に揺られてくれている保証はゼロに等しい。
更には、大荷物を抱えて、義母と義姉2人に気を配るなど絶対に無理なことだ。
帰して『あげたい』と言う義姉2人がやるべきだ、私には関係ない。
けれど実際はその道筋だけは私が整えなければならなかった。
数日間県を跨ぐ長距離移動。
となれば当然、訪看やケアマネへの報告が必要だ。
その役割を担うのは義姉よりも、普段やり取りいる私が適切である。
当時義母は就寝時のみ在宅酸素を使用していた。
この業者対応も私が行っていたから、帰省中の在宅酸素の手配も、私が依頼する方がスムーズである。もちろん透析クリニックへの連絡も必要だ。
当時はコロナ禍真っ只中。
県外の人間との接触後の透析には抗原検査が必須だった。
結果や状況に応じては、一時的に透析時間の短縮や曜日変更の対応が取られていた。
クリニック送迎のメイン担当である私が連絡することが望ましい。
訪問医への連絡も私が行った。
最短で二泊三日というこの帰省プランを受け、訪問医はこのような提案をして下さった。
「お義姉さん達ともお話をしましょう。
県外の方もいらっしゃるということですから、オンラインで構いません。」
そうして、帰省の数週間前。医師、義姉2人、私達夫婦、の、オンラインカンファレンスが行われた。
医師は、長距離移動のリスクのみならず、基本的な義母の病状や死期が迫った時のことまで丁寧に説明して下さった。
こんなにも心を砕き、時間を割いて下さる医師に感謝しかなかったし
義姉2人にとっても現実を知れる良い機会になっただろう、と、私は思った。
大変な思い違いであった。
結果、義母の帰省の2週間前。
私が実家への帰省しから戻ってきた際、あの大事件が起きたのである。
次回のnoteに続きます。仮題は『果物と漬物とスナップエンドウ』です。