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ラジオと私。


毎週木曜日深夜1時、
私はいつものようにスマホアプリradikoを開く。

軽快に流れてくる馴染みのbitter sweet samba。毎週木曜日深夜1時は「ナインティナインのオールナイトニッポン」の放送日だ。

ジップロックに入れたスマホを片手に、Twitterのハッシュタグ「#ナインティナインANN」を見つつ、日本中のリスナーと同じ時間を過ごしながら、湯船に浸かる。私にとって、最近一番好きな時間だったりする。


私とラジオとの付き合いは
今年で四半世紀になった。


 10歳の誕生日に、CDラジカセをもらった。ある日、流行りのJ-POPをリクエストランキングで紹介するラジオ番組に出会う。聞こえて来る声を頼りに、ラジオブースで起こっている出来事や、パーソナリティの表情を想像する。これが意外と楽しいことに気づいた。


 数年後、ラジオ好きを見兼ねた母がこれまた誕生日に小さな防滴機能付ポータブルラジオをプレゼントしてくれた。お風呂に入りながら、ラジオを聞けるという優れモノで、私のラジオ好きは更に加速していく。

 平日は21時ごろから、休日は昼夜問わずラジオを聞くようになったし、いろんな番組へFAXやメールでお便りを出すようになった。採用されてグッズが送られてきた時は、嬉しくて小躍りした。ラジオは時に勉強の友として、眠る時は子守唄役を買って出てくれる、私にとって欠かせない相棒になっていた。


そして、中学時代に「オールナイトニッポン」に出会った。

 オールナイトニッポンは、日本で有名なラジオ番組だ。放送時間は午前1時~3時という深夜帯で、俳優やアーティスト、お笑い芸人が直接番組を仕切る。それまで深夜1時には必ず寝ていた私にとって、オールナイトニッポンは未知の領域だった。

 当時好んで聞いていたのが水曜担当のaiko、そして木曜日担当のナインティナインだった。

はがき職人たちが作り出すユーモアに溢れたネタ、スタッフとの緩いやり取り、あっけらかんと発する下ネタがあまりにも面白おかしく、私はあっという間にオールナイトニッポンの虜になった。

当時はまだ「深夜だからこそ」少し過激なことを言っても許される時代だった。インターネットがやっと生活の一部になりつつあったものの、今みたいにラジオパーソナリティの発言を切り取って、テレビで報道されることもほとんどなかった。

自由で、やんちゃで、ちょっと過激で。そんな深夜ラジオの空間がとても居心地よかったし、気持ちが沈んだ時はあえて聴くようにしていた。オールナイトニッポンの時間だけは、日々の生活を忘れられる。そんな現実逃避できる場所になった。


 現実逃避できる場所は、思春期ならではの不安な気持ちを支えてくれた時もあった。

aikoのオールナイトニッポンでは、aikoが番組終了前に必ず言うフレーズがある

笑うのが苦手な人、人ごみが苦手な人、会社が苦手な人、学校が苦手な人、明日も良い日でありますように。

学校で嫌なことを目にした時、
周りとの差を感じて凹んだ時、
ちょっとした孤独を感じた時
勉強に疲れた時、
好きな人に振られた時、
親との関係がうまくいかなかった時、

aikoがこのフレーズを発してくれるたびに、
また来週の放送を聞くまで、毎日を頑張ろうと思えた。

 番組は約3年半で終わってしまったけど、aikoは、私が明日を着実に生きるためのおまじないをくれた。「誰にとっても明日がいい日であるように。」この優しい言葉は、今も私にちょっとした勇気を与えてくれていたりする。

 スマートフォンが生活の一部になった今、ラジオはスマホで聴く時代になった。radikoのエリアフリー機能を使えば、日本中のラジオ番組を聴けるし、タイムフリー機能では過去1週間の見逃し配信も聴ける。本当に便利な時代になった。

(一生懸命アンテナを伸ばして、チャンネルをチューニングしながら、雑音の中で見知らぬ街のラジオ番組を聞いていたあのワクワク感がとても懐かしいけど。)

 更にこの1年、家から出ずに誰とも会わない、話さない日々が増えた。人とのコミュニケーションも減って、テレビも同じ情報ばかり、毎日使っていたSNSにも疲れ始めて、なんだかなぁとため息が出た。

 気が滅入りそうな時こそ、私はやっぱりラジオ聴いた。タップすれば、必ず誰かが話している。そんな環境に安心した自分がいた。


 今の暮らしは、2008年に槇原敬之が作った楽曲「僕の今いる夜は」のフレーズそのものだなぁと、ふと感じる時がある。

(この曲は、大阪のラジオ局であるFM802の春のキャンペーン<ACCESS!>のキャンペーンソングとして作られた。)

このラジオの電波も
想いと同じ 目に見えない
でもどうして人の想いを 
僕ら信じられないんだろう
誰かが元気でいるように
そう祈ってくれているから
こうして何事もなく いられるのかもしれない

僕の今いる夜は孤独な夜なんかじゃない
誰かがどこかで誰かを想う優しい夜なんだ

パーソナリティの声を聞いて、安心したり
かかっていた音楽で癒されたり
リスナーのネタで思わず笑ってしまったり

孤独や不安に呑み込まれそうになった時、リスナーやパーソナリティの言葉で、私みたいにそっと勇気づけられている人間がいるように。


適度な距離で、そっと心に寄り添ってくれるのがラジオだ。



先日、会社の同僚に
「こんな時代にラジオを聴いてるんですか?」と言われたことがあったけど、


こんな時代だからこそ、
私は今日もラジオを聞く。

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