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優しい言葉

私は昔から声が小さいことをよく注意されていた。「もう少し大きい声で話しなさい。」「はきはきしっかり声を出しなさい。」そういわれ続けてきた。小学生の頃は特にひどかった。元気ではきはきしている子が良い子で、静かでおとなしい子はいつも怒られる対象だった。小学四年生の運動会の応援歌の練習で声が出ていないからとって教室で全員の前で歌うように言われたことがあった。普段から声が小さくて人とまともに話せなかった私はその状況が耐えられなかった。歌うまでやるぞと言われたが、怖さと緊張で声なんか出なかった。最初は頑張れと言っていたクラスメートもだんだんと応援の声が少なくなり、ついには「早く歌えよ。」「何してんの。」そんな言葉が飛び交うようになっていた。それでも私は歌えなかった。意地を張っているわけでもなく、ただ純粋に、声が出せなかった。どうしたら声が出るのかどうやって今まで声を出していたのか、それすらも分からなかった。そんな状況が1時間以上続いたとき、ついに先生がキレた。「いいかげんにしろ。みんなが待ってることが分からないのか。さっさと歌えば5分で済んだところをいつまでそんな風にしているんだ。そんな協調性のないやつがいるからまとまらないんだよ。運動会もお前のせいで負けるよ。」私が歌えないから。声が小さいから。怒られているんだ。私が悪いんだ。ごめんなさい。そう思っていた。そうとしか思えなかった。明るくて元気のある子だけが正義な小学生にとって、静かで声の小さい私には人権はおろか存在すらも認められていなかった。


その日から私は人と話ができなくなった。


もともと友達が多いほうではなかった。数少ない友達と休み時間に隅っこで静かに話しているタイプだった。当たり障りのない前日のテレビの話とか好きな本や漫画の話とか、そんなくだらないことしか話していなかったけど楽しかった。でも、それすらできなくなった。声を人前で出すことが怖くなった。どうせ届かないんだろうな。そう思って人と話すのはあまりに辛すぎた。毎日学校に行っても誰とも話さず、一日自分の席から一歩も動かない生活が続いた。もう自分から声をかけることは絶対にできなかった。そのまま五年生を過ぎ、六年生になった。四月が私にとって一番嫌いな季節だ。新学期になると必ず自己紹介がある。みんなの前に立って目立つこと自体が地獄なのに、声を発しないといけない。声を出して自分のことを紹介しなければいけない。怖くて怖くて2か月くらい前から不安で夜も眠れなかった。「また聞こえなかったらどうしよう。みんなに笑われたらどうしよう。」そんな笑っちゃうくらい情けないことで心臓がおかしくなりそうなくらい拍動していた。六年生の自己紹介はグループで行われた。5,6人のグループで自己紹介を交わすだけだったから、まだ救われた。この人数なら声が届くかもしれない。小さく深呼吸をしながら自分の番を待っていた。他の人の自己紹介なんてこれっぽっちも頭に入っては来なかった。自分のことで精いっぱいで、怖くて仕方がなかった。ついに私の番が来た。他の班も一斉に行うため、教室内は想像以上にざわついていた。いつもより大きな声を出さないと聞こえないよなと思いながらもいつもよりも小さな声しか出せなかった。名前を言って、趣味を言って、好きな科目を言って、、、、、あと少しあと少し、台本通りに、練習通りに、必死に必死に声を出した。タイマーが鳴った。「終わった。」そのあとの質疑応答は適当にこなそう。どうせ私に興味なんかないだろうから質問もないだろう。そんな気持ちとは裏腹に一人の女の子が私にこう声をかけてきた。

「好きなことのところ声が優しくて聞き取れなかったからもう一回教えてもらってもいい?」

私はその場でつい、泣き出してしまった。嬉しかった。心の重荷が取れた気がした。今まで、声が小さい、何言ってるのかわからない、ちゃんと話して、そんな言葉を言う人しかいなかった。「声が小さくて聞こえない。」というのも「声が優しくて聞き取れない。」というのも意味は変わらない。でも、嬉しかった。初めて声が小さいことを受け入れてもらえた気がした。


言葉は難しい。同じ意味でもいろんな言い方がある。一つの言葉で悲しくなって、一つの言葉で涙が出るほど嬉しくなる。近年世界は悲しい言葉であふれている。その言葉で、一言で、命が奪われるニュースを数多く見てきた。人間は案外弱い。だから自分よりも笑っている人を傷つけて、自分に足並みをそろえようとする。自分よりも幸せそうな人を攻撃して、傷つけて、亡き者にしようとする。その行為が被害者しか生まないとわかっていても、やめられない。アルコール中毒とか麻薬中毒とかと同じ類だと思う。人間は案外弱い。だからこそ本来助け合うべき生き物なはずだ。脆弱で、小さな傷を一生引きずってしまうからこそその傷を作らないよう守っていくべきだ。

優しさであふれる言葉を紡いで生きていきたい。

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