【小説】 やめて、見ないで、焼き魚
俺の性癖は、女の子が、焼き魚をほぐしながら食べるのを見ることだ。
女の子が、綺麗な箸さばきで焼き魚の身をほぐしているところをじっと見ていると、自分の身もほぐされているような、そんな気分になって、体の芯が熱くなる。頭の中がホワホワする。
だから、付き合う女の子は必ず、焼き魚を綺麗に食べる子だ。今の彼女もそう。正直、パッとしない田舎臭さの残る子だが、飲み会でホッケを馬鹿丁寧にほぐして食べている姿を見て、惚れてしまった。
俺は、自分で言うのも何だが、モテる部類に入る。体育会系出身で肉付きもそこそこ良いし、顔の造り自体は派手ではないが、笑うと可愛いとよく言われる。ギャップというやつだ。だから、わざわざ地味な女の子と付き合う俺のことを、ブス専と呼ぶやつまでいる。だが俺はブス専ではない。ただ、焼き魚を綺麗に食べる女の子が、たいてい美人ではないというだけだ。
そして今日も、その彼女とご飯デートである。俺にとってこれは、ほぼプレイだ。どうにかして、下心を悟られずに彼女が焼き魚を食べるように仕向け、彼女が、猫も見向きもしないほどに綺麗に魚をたいらげるのを、熱い視線で見つめ続ける。考えただけで、頭の中の何かがほわっと解ける。
「ごめんね、待った?」
定食屋の前で彼女と待ち合わせ、そのまま店に入る。
「私、だし巻き定食にしようかなあ」
「いや、この店、魚が美味いんだよ」
「そうなの?じゃあこのホッケ定食にしようかなあ」
やった。今日も、プレイ開始だ。しかもホッケ。身が大きい分、プレイ時間も長い。今日は良い日だ。
「ねえ、たいちゃん。たいちゃんも魚にしないの」
「俺はいいよ。肉が好きだし」
ひとまず、給仕係にオーダーを通す。
言い忘れていたが、俺はそんな性癖を持っているからして、自分が人前で焼き魚を食べるようなことは絶対しない。出来ない。焼き魚をほぐして食べているところを他人に見られるなんて、考えただけで恥ずかしい。
「…ねえ。いつもそう言うよね。私には魚を食べさせるくせに。どうして」
見ると、彼女の顔が怒っていた。
「え、いや、ごめん。魚は、ほら、健康的だし」
「じゃあなおさら、たいちゃんも食べればいいじゃん」
「いやそれは恥ずかしい」
つい、口が滑ってしまった。
「は?恥ずかしい?なにそれ意味わかんないんだけど。なに?魚食べてる私は恥ずかしいわけ?」
その後、俺の弁明はどれも不発に終わった。田舎くさくて焼き魚の食べ方だけは綺麗な彼女は、いつの間にか俺の嘘を見抜くスキルを身につけていたらしい。最終的に、俺の特殊な、親にも知られてない性癖を彼女に暴露するより他なかった。
「え、何それキモッ。じゃあなに、たいちゃんは、私が焼き魚の身をほぐして食べてるところを見て、密かに興奮してたってわけ?あり得ないんですけど」
「だよね…。別れる?」
俺はすっかり意気消沈していた。さすがにこんなことがバレたら、いくらハニカミ王子似の俺でも、振られるに違いない。芋臭い彼女だが、別れるとなったら悲しかった。
「そうねえ。さすがにちょっとねえ。あ、でも、そうだ。一つ私の言うこと聞いてくれたら、水に流してあげるよ」
「なに」
「これから私が、焼き魚食べてってお願いしたら、いつでも私の前で焼き魚を食べること」
「えっ…それは無理だよ」
その時ちょうど、互いのオーダーした定食が運ばれてきた。
「無理じゃないよ。ほら、交換しよ。今日は私が焼肉定食」
「やだよ、無理だよ。俺は肉でいいよ」
泣きたくなってきた。
「ほら、ホッケ、すごい大きい。立派だね。早く食べよ?」
「ねえ、そんなの無理。やだ」
男前の俺が、オネエのような言葉遣いになっている。
「ほら早く。冷めちゃうよ。見ててあげるから」
「やだよお。見ないでよお」
俺は泣きそうに顔を紅潮させながら、箸でホッケの身をつまむ。
「へえ、たいちゃんってそうやってホッケ食べるんだねえ」
恥ずかしすぎて、箸を持った俺の手が、ぶるぶる震える。
「ほら、そこも食べていいよ。綺麗に食べるんだよ」
彼女がホッケの端の方を指す。
何で、色男の俺が、芋けんぴのようなこんな子に、目の前で魚を食べさせられているんだ。おかしい。屈辱的だ。別にこんなこと、しなくていい。別れて、また別の、焼き魚を綺麗に食べる女の子を探せばいい。
そう思いながらも、俺は心の何処かで分かり始めていた。
これはこれでありだ。頭の中が、ほわっと解れてきた。
いつもありがとうのかたも、はじめましてのかたも、お読みいただきありがとうございます。 数多の情報の中で、大切な時間を割いて読んでくださったこと、とてもとても嬉しいです。 あなたの今日が良い日でありますように!!