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【小説】 エバーグリーン

 永遠の愛を求めては、それを壊してしまう。わたしは、わたしのままでは永遠に愛されることなどないと分かっていた。

 朝陽は、大学時代に仲の良かった友達の一人だった。同じ仲良しグループの朱里と交際、同棲までしていて、卒業したら二人は結婚すると誰もが思っていた。しかし朱里は、社会人になってすぐに別の男に乗り換えてしまい、二人は破局。そんな朝陽を励ますために開かれた飲み会で、わたしと朝陽は良い雰囲気になった。

 いや、良い雰囲気といっても、最後の最後まで残ったのがわたしと朝陽だったというだけだ。わたしはわたしで男と破局した直後で荒んだ気持ちでいたし、互いに、心の穴を埋めるかのように酒を飲み続け、気づけば、残っているのはわたしと朝陽二人だけだった。

 どういう経緯で朝陽の部屋に上がり込むことになったのか定かではない。部屋で映画でも見ようだとかなんとか言っていた気がするけれども、結局二人とも、家につくなり床に転がったまま眠ってしまった。

 朝、起きて目に入ったのは、窓際の鉢植えだった。朝日に緑が映えていた。植物を置くなんておしゃれだね、と声をかけると、俺じゃないよと朝陽は言った。
「朱里が置いてったの」
 鉢植えを見つめる朝陽の瞳を見て、ああ、この人はまだ朱里のことが好きなんだ、と理解した。そしてそれはわたしに、嫉妬ではなく、憧れを抱かせた。

 朱里と朝陽が別れてから、数ヶ月。その間もこうしてこの植物は、朝陽に愛され、生かされている。その愛はきっと、明日明後日、気づけばすぐ失われてしまうような、そんなものではないのだろう。この植物は、いつ見捨てられてしまうだろうかとか、いつ失望されてしまうだろうとか、いつ関係性が壊れてしまうだろうかとか、そんな不安は抱えずに、ただそこにあり続けるだけでいい。羨ましかった。

 わたしもあの植物になりたい。

 そう思ったのが始まりだった。わたしは朝陽に恋をした。それは、多くの恋がそうであるように、そのときのわたしは本当に、まっすぐに朝陽を好きだと思いこんでいた。今でもあの気持ちが偽物だったとは思わない。わたしは誰よりも朝陽に寄り添って、誰よりも彼の心の傷を癒そうと努めた。

 忘れてほしかったのだ、あの植物を。

 朱里が置いていったあの植物に朝陽が水をやらなくなるその日まで、わたしは朝陽の良き友であり続けたし、いたって自然に、その関係性は男女のものへと発展した。
「…ねえ、あの鉢植え」
 夜遅く、二人して眠りに落ちる、ほんの少し前。わたしは朝陽の耳元で囁いた。んん、と朝陽が寝ぼけた返事をする。
「みず、あげなくていいの。枯れちゃうよ?」
 朝陽が寝ぼけていなければ、わたしの声色にごくわずか含まれた悦びに、気づいていたかもしれない。けれど眠たげな彼は、うーん…と面倒くさそうに伸びをして、わたしの体にまとわりついた。
「いいよもう。碧衣が捨てといて」
 そのまま眠りに落ちた朝陽の寝顔に向かってわたしは、仕方ないなあ、と笑った。彼の一言にわたしは深く安心し、そして同時に、終わりへのカウントダウンが始まってしまったことに怯えていた。

 すべてのものは、壊れてしまう。世界はそれの繰り返しで成り立っていた。

 翌朝わたしは、朱里が置いていった植物を捨て、花屋で新たな鉢植えを購入した。あまり水をやらなくても良い品種らしい。朝陽がでかけている間にその鉢植えを窓際に置き、荷物を持って、家を出た。
 もう心配ない。あの鉢植えは愛されるだろう。そしてわたしは終わりを見なくて済む。
 あの時のわたしにとって、愛とはそういうものだったのだ。


いつもありがとうのかたも、はじめましてのかたも、お読みいただきありがとうございます。 数多の情報の中で、大切な時間を割いて読んでくださったこと、とてもとても嬉しいです。 あなたの今日が良い日でありますように!!