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【卑下】卑屈な根性をもっているという点で、軽蔑されても仕方がない人間なのだ / 小説『君たちはどう生きるか』


以前、小説『君たちはどう生きるか』を読んであれこれ書いたのだが、もう一つずっと印象に残っている言葉がある。

「貧乏ということについて」という章で出てきた言葉。


以下引用はすべて、小説内で「叔父さんが少年コペル君に宛ててノートに書いた言葉」という設定だ。

世間には、金のある人の前に出ると、すっかり頭があがらなくなって、まるで自分が人並みではない人間であるかのように、やたらにペコペコする者も、決して少なくはない。
 こういう人間は、無論、軽蔑に値する人間だ。金がないからではない。こんな卑屈な根性をもっているという点で、軽蔑されても仕方がない人間なのだ。

吉野源三郎『君たちはどう生きるか』マガジンハウス p.138


私は最初、これを読んで少し驚いた。

権力に媚びる姿ならまだ分かるのだが、貧しくてみすぼらしい自分を卑下して金持ちにぺこぺこしてしまう人のことを「卑屈な根性を持っている、軽蔑に値する」という厳しい視点で考えたことがなかったからだ。


続きはこうだ。

しかし、コペル君、たとえちゃんとした自尊心をもっている人でも、貧乏な暮らしをしていれば、何かにつけて引け目を感じるというのは、免れがたい人情なんだ。
 だから、お互いに、そういう人々に余計なはずかしい思いをさせないように、平生へいぜい、その慎みを忘れてはいけないのだ。
 人間として、自尊心を傷つけられるほどいやな思いのすることはない。貧しい暮らしをしている人々は、その厭な思いをめさせられることが多いのだから、傷つきやすい自尊心を心なく傷つけるようなことは、決してしてはいけない。

p.138-139


「本当の優しさとは、相手の自尊心を傷つけないこと」と、作家の東田直樹さんの本にも書いてあった。(彼はそれを13歳で書いていた!)


 そりゃあ、理屈をいえば、貧乏だからといって、何も引け目を感じなくてもいいはずだ。人間の本当の値打ちは、いうまでもなく、その人の着物や住居や食物にあるわけじゃあない。(中略)
 だから、自分の人間としての値打ちに本当の自信を持っている人だったら、境遇がちっとやそっとどうなっても、ちゃんと落ち着いて生きていられるはずなんだ。
 僕たちも、人間であるからには、たとえ貧しくともそのために自分をつまらない人間と考えたりしないように、ーーまた、たとえ豊かな暮らしをしたからといって、それで自分を何か偉いもののように考えたりしないように、いつでも、自分の人間としての値打ちにしっかりと目をつけて生きてゆかねばならない。
 貧しいことに引け目を感じるようなうちは、まだまだ人間としてダメなんだ。

吉野源三郎『君たちはどう生きるか』p.139-140


叔父さん、なかなかキツイな!と思ったが、その後にはこんな言葉が。

 しかし、自分自身に向かっては、常々それだけの心構えをもっていなければならないにしろ、だからといって、貧しい境遇にいる人々の、傷つきやすい心をかえりみないでもいいとはいえない。
 少なくとも、コペル君、君が貧しい人々と同じ境遇に立ち、貧乏の辛さ苦しさをめつくし、その上でなお自信を失わず、堂々と世の中に立ってゆける日までは、君には決してそんな資格がないのだよ。
 このことは、よくよく心にとめておきたまえ。

p.140


貧乏であることに引け目を感じるのは、
卑屈な根性を持っている証拠。
それは、軽蔑に値する。

自分に対してはそれくらいの心構えでいなさい。
しかし、他者に対しては違う。

自分も同じ境遇に立ち、それでも自信を失わず堂々と生きてゆける日までは、人に対して軽蔑の目を向ける資格や権利など一切ない。

他者に対して大切にすべきは、思いやりや優しさ。
優しさとは、相手の自尊心を傷つけないこと。

それだけは、決して忘れてはならない。





「自分を卑下する」ことについても少し考えた。

そして「謙遜」と「卑下」はどう違うんだろう?と思った。なんとなくニュアンスは分かるものの、じゃあ説明しろと言われたら意外と難しい。

「謙遜」の意味を調べたら、類義語として「卑下」についての説明もあった。

【謙遜】けんそん
自分の能力・価値などを低く評価すること。控えめに振る舞うこと。(類義の語に「卑下」があるが、「卑下」は自分自身を低くし卑しめる意を表す。それに対して「謙遜」は自分の能力や功績などをおごらず、控えめに振る舞う意を表す)

スーパー大辞林3.0


今度は「卑下」を辞書で引いてみる。

【卑下】ひげ
(名)自分を人より劣った者として扱うこと。へりくだること。謙遜すること。(形動)いやしめ見下す・こと(さま)。

「卑下」の意味に「謙遜」があった。
「謙遜」の意味には「卑下」はなかったのに。

今度は「卑しめる」「卑しい」の意味。

【卑しめる・賤しめる】いやしめる
いやしいものとしてさげすむ。見下す。
(類語)侮る/貶める/蔑む/見下ろす/見下す/見くびる/見下げる

【卑しい・賤しい】いやしい
①身分・階層が低い。下賤だ。
②品が悪い。洗練されていない。下品だ。
③意地がきたない。つつしみがない。さもしい。
④けちである。さもしい。
⑤粗末だ。みすぼらしい。


いろんなバリエーションのディスる系の意味が出てきた。一気に負のオーラが出てきた。


「謙遜」で出てきた「おごる」の意味もついでに。

【驕る・傲る】おごる
才能・家柄・地位などを誇る。また、それを頼ってわがままな振る舞いをする。
(類語)威張る/偉がり/偉ぶる/奢る/尊大/高ぶる・昂る/付け上がる

つまり、偉そうで嫌なやつってことだな。


最初に調べた「謙遜」の意味に、それぞれの単語の意味を付け足してみた。

【謙遜】けんそん
自分の能力・価値などを低く評価すること。控えめに振る舞うこと。
(類義の語に「卑下」があるが、「卑下」は自分自身を低くし卑しい(身分が低く下品でさもしく粗末な)ものとして蔑み見下す意を表す。それに対して「謙遜」は、自分の能力や功績などを誇ったりそれを頼ってわがままな振る舞いをすることなく、控えめに振る舞う意を表す)


卑下は、自分自身を蔑み見下すこと。

叔父さんの言葉を応用するとつまり、自分を卑下する人間は、卑屈な根性を持っていて軽蔑に値する、ということだ。

他者はダメで、自分の自尊心なら傷つけていいなんて、おかしいもんね。ベクトルが自分に向いているだけで、確かにそれもまた人間を見下した卑屈な根性であると言える。


優しさは、自分にも、いや自分にこそ、向けてあげないといけないはずなのに。


「謙遜」と「卑下」は似てるようで全然違った。

たとえお金がなくても、高い服やアクセサリーを身につけていなくても、広い家に住んでいなくても、noteで面白いことが書けなくても、あまり自分を卑下しすぎないよう気をつけようと思った。


他者には優しさと思いやりを。
自分には優しさと少しの厳しさを。

そういう姿勢を、忘れずにいたい。


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