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戦闘霊ベルゼバブ(SF連載小説)第7次戦闘

“ブルワーク”「着弾!」最初の一発が命中し始める。

漆黒の宇宙空間に全波長スペクトルの電磁波が吹き荒れる。
ステルン側のフィシュが爆発四散しているのだ。

それはセルフィッシュをまき散らしながら粉砕されている発射母機もあれば、
反物質転送弾の直接標準で砲撃し合うガンシップたち、あるいは発射されたセルフィシュやフィシュ自体を転送座標として反物質転送弾を使用する自爆型誘導兵器、などなど、あらゆる形式の兵器群が用いられた。
ただシズ側の圧倒的な火力によってステルン側の放った兵器は一方的に無力化されてゆく。

主力部隊の後方をかなり遅れて航行する第5小隊長“ドレッドノート”
「戦隊長は派手にやっているようだな。これじゃあ僕たちの出番はないかもな。まあ出番がない方がいいが」
第5小隊4番機“テンペスト”
「このままだと後でまたなんか言われます」
“ドレッドノート”「予備戦力に出番がないのは良いことさ。ただ」

本当に出番が無ければよかったんだがな、とは言わなかった。

“ブルワーク”「敵、第1派攻撃の後方に敵編隊のスキールモルフ2機を確認」
“プリンセスロイヤル”「プランBか。想定範囲内だ」
ステルン側が全力でこちらを攻撃してくるプランA予測のほかに、戦力を二分して半分だけを振り向けてくるプランBの可能性も想定していた。
対処できる。
というか、こちらの方が容易だ。半分づつ倒せば良いのだから。
またしても敵の失策。
“プリンセスロイヤル”よりの指示は簡潔を極めた。「殲滅せよ」
“ブルワーク”「会敵まで20秒」

だがここで異変が起きた。
第1派攻撃で全滅したはずの、交差したばかりの残骸の中に、加速度を出すものが認められたのだった。
それも180度の後方に向かって。
およそ宇宙空間戦闘でもっとも大事なことは速度である。速度があるゆえに軌道変更が難しく回避できなくなる場面もあるにはあるが、停止することはありえない。

極初期の宇宙時代から、反対加速で停止して、さらに反対側への加速、というのは見られた試しがない。
厳密には小さなループを畳むように反転していくのだが、いずれにせよそんな軌道はエネルギーの莫大な浪費であり、かつ軍事活動の場合であれば、敵前でそんな動きをするのはあたかも「敵の的になってあげるために目の前で静止してあげる」と言わんばかりの行動なので、歴史上、そんな軌道が採用された試しはなかった。

だからこそ。ネーネがはじめてやらかしたのである。
「今まで誰もやったことないなら、絶対に想定されてない。機会はここにある」
ネーネは豪語してこの案を採用した。
「やれるもんならやってみろ」と言わんばかりの常識外れの軌道。
エネルギーの浪費は無限動力なので気にならないとしても、反転の最中に敵に狙撃されたら終わりである。
ザリンは不安に駆られた。反転して絶対速度がどんどん小さくなってくる。
これからいちばん危険な段階に入る。あっという間に終わるといっても、緊張するなというのは無理。
ネーネの戦闘経験に頼り切っている自分を自嘲する気力もなくなっている。
ループの頂点。

しかしザリンたちのループは、遅れてきた第5小隊の面前で行われたのである。第5小隊は戦闘で決定的打撃を与える絶好の位置にいた。

第5小隊4番機“テンペスト”「やりましたよっ!私たちの目の前です!攻撃しましょうっっ!!」
第5小隊長“ドレッドノート”「動くな。静謐維持」
第5小隊4番機“テンペスト”「はいっ、突撃しま・・・え、今なんて?」
“ドレッドノート“は説明する。
「反転している敵の機数を見ろ。8機以上いる。これは想定している敵の全力より多い」
“テンペスト”は軍事史で見たこともない反転軌道上の敵機を見つめてみた。
“テンペスト”は言う。「そ、それがどうしたって言うんですか?」
“ドレッドノート”は説明する。
「味方主力と交差して破壊されたのはほとんどデコイだ。したがってこいつらもデコイの可能性がある」
“テンペスト”「と、となると、何でしょう?」
「その場合、敵のターゲットは僕たちだ。僕たちが餌につられて動き出すのを誘ってる」
「・・・え?」

“テンペスト”の目の前で敵編隊はループしつつある。ループの頂点。
まるで標的演習だ。でもこっちが狙われてる?
「で、でも私たちが攻撃しなかったら」
“ドレッドノート”は説明する。
「その場合には味方の主力部隊が攻撃されるかもしれないね」
焦る“テンペスト”である。気が気ではない。
見敵必戦の精神を持つシズ宇宙軍で、攻撃精神を見せないことがどれだけの罪になるか。
「そ、それって私たちの責任になるんじゃ・・・」
「君が気にすることじゃない。これは命令だ。責任は僕が取る。重ねて命令する。動くな」

反転ループの後、180度後方への大加速が始まる。
ネーネが「いなかったなあ」とつぶやいたのをザリンは聞いた。
「どうかしたの?」とザリン。
「なんでもない」とネーネ。
ふたりだけの会話を聞くものは他にいなかった。

ようやく事態を把握して慌て始めたのは“プリンセスロイヤル”麾下の主力部隊である。
後方から反転してくる敵と、前方から戦闘交差するこちらは最低でも2機。
挟み撃ちである。
“プリンセスロイヤル”は内心の動揺を決して表に見せなかった。
彼女は第5小隊のことは忘れている。
「うろたえるな。このまま前方の敵編隊と予定通り戦闘交差して敵後方へ離脱せよ。後方の敵は無視しろ。直進せよ」
“ブルワーク”「後方展開した敵機のうち、2機が発砲を開始。他はデコイだ」
その言葉が終わってマイクロセカンドも経過しないうちに激しい光芒に主力部隊は包まれた。
“ペネロープ”「やらせるかっーっ!!」
“ブルワーク”「前方の敵2機も発砲開・・・」

“プリンセスロイヤル”の戦闘コクピットシェルの中で、味方機の被弾が次々に表示される。第2小隊は“ブルワーク”ごと一掃された。
“レナウン”が副編隊長になる。“ペネロープ”は被弾して半壊したものの、すぐに再構築して戦線復帰。
“プリンセスロイヤル”が直卒する4機はまだ被害は出てない。いや3番機の“テメレール”が被弾しているようだ。全損ではなく再構築中。
「蛮族どもっ」“プリンセスロイヤル”ですら毒づくことはある。
その刹那の後、“プリンセスロイヤル”の意識は断絶した。

第5小隊長“ドレッドノート”は叫んだ。ほとんど叫んだと言っていい。
「ここだ!全力加速、敵を追撃する」
味方主力がすでに壊滅した後である。
“テンペスト”「ええ、今からですかあっ」
もはや絶望の気持ちを否定できない“テンペスト”だが。

“ドレッドノート”は気もそぞろに説明した。
「敵の視線は我々から完全に外れた。しかも敵はこの後すぐ、ある宙域に移動する。その直前を狙って後ろから叩く。今度はこっちが一方的にやる番だ」
“テンペスト”は上官が何を考えているかわからない。
しかしある宙域という言葉で、なんとなく当たりがついた。
“テンペスト”「あの、ある宙域って、もしかして」
“ドレッドノート”「そうだ。こちらの知らない索敵システムがあるのか。それとも単にこちらの策を想像して読んだだけなのか。それはともかく、次の母艦は叩かせない。汚名返上の時間だ」

****

戦闘宙域より10万キロ以上、“エムデン”の母艦(蝶々の卵)は一時的に戦線から離脱の気配であった。
意図的に下がったのである。
艦載機の発艦において、母艦の存在を匂わせるような配置を取らせたのは、敵の攻撃がこの(蝶々の卵)に及ぶ可能性を考慮したからであった。
もちろん防御は攻撃の一環でもあり。
(蝶々の卵)が姿を顕わにして、敵の目を引き付けてる期間。
もう一隻の航宙母艦(沖野大夫(オキノタユウ))が背後から攻撃する。

参謀“ヴァリャーグ”の報告。
「味方の航宙部隊、敵主力と戦闘中です」
それに対して“エムデン”の命令は事務的でさえある。
「超光速通信。(オキノタユウ)インディファティガブル艦長に攻撃命令を出せ」
(オキノタユウ)は艦載機数が少ない欠点はあるが、攻撃するには充分だ。
「了解しました」“ヴァリャーグ”は簡潔にだけ述べた。

****

(オキノタユウ)艦長、インディファティガブル大佐は発艦命令を出す。

「第3次攻撃隊、出撃せよ。第1目標、敵スキールモルフ、第2目標、人工惑星防空施設。人工密集地は攻撃するな。交渉の邪魔になる」

ブリーフィング内容をあえて反復したのは、インディファティガブルの持つ、状況をより強くコントロールしたいという独占気質のなせるわざだ。
シズ共同体で、艦長級以上に昇格する者たちはいずれも強いコントロールへの衝動を抱えるようになる。

さらに攻撃隊出撃後、編隊長“アークロイヤル”にたいして、「第2次攻撃隊が敵主力と交戦中。敵はこの方面に全力を投入したとみられる」と追加報告した。
“アークロイヤル”はこれを受けて「了解、人工惑星への攻撃を実施する」と返答した。
(オキノタユウ)攻撃隊は第2目標への攻撃実施に切り替わる。

人工惑星への攻撃は、敵ステルンと人工惑星との信頼関係を絶つのが目的だ。
ステルンと人工惑星はおそらく同盟関係に入っただろう。
しかしステルンが上空防衛をできず、惑星の爆撃を許してしまえば、信頼関係は早速にひびが入ることになる。
政治的効果を狙った作戦だ。
もちろんこの機会に人工惑星を完全破壊してしまい、次の人工惑星を改めて探す、という作戦も取り得た。
ずっと先になって振り返ってみれば、それがいちばん良かったのかもしれない、と思うことはないでもない。ただシズ共同体はこの時には、まだ目の前の人工惑星を入手することに拘りを見せていた。その機会は過ぎ去ったのである。
いずれにせよ“アークロイヤル”はこの時点でこの種の感想を持つことはありえない。
“アークロイヤル”がそう思ったのは、遠い先の話だった。

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