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戦闘霊ベルゼバブ(SF連載小説)第10次戦闘

「回収されるからですよ」
ザリンがはじめて口を開き、会話に加わった。
すでに彼女はきれいなバルフ語を喋れるようになっているのは言うまでもない。

心配して間に入ろうとするスペサラキを、ザリンは手を挙げて制した。
「大丈夫です。何回でも訊かれたら説明できますから」

「ほう、回収とは?」ツエグラは当然に食いついた。まだ何も知らない。

ザリンタージュはこれまで何千回も訪れた先の世界で説明した内容を繰り返す。

「シズ共同体の国家理念は、人類の存続と保全に在ります。
シズとはある種の巨大な人口知生の集合体であり、厳密には政体の名称ではありません。
彼らは人類を保全するために構築した「世界記憶」と呼ばれるシステム内に、発見した人類の生存者を回収しようとします。
それが彼らの絶対的な優先事項です。
その「世界記憶」の中はとても安全な場所で、人類は憎しみや争いから解放され、本当の意味で自由で平和な世界で生きていくことができます。
ただその保護を受け入れるためには、いま住んでいる場所を離れ、彼らの指定する場所「世界記憶」の内部に移住しなければなりません。
あなたがたの場合だと、あなた方にとって信仰の対象であるこの惑星は取り上げられることになります。
もちろん、その替わりと言ってはなんですが「世界記憶」内部にまったく同じ世界が再現されます。あなた方はそこで、架空のバルフで、昨日までの日常と少しも変わらない世界を生きていくことができます。それに同意するなら。
ただし、それは本物ではありません。今現在、起きているような遺跡としての機能は無くなります。この惑星にはあなた方や私もまだ知らないことが多くあると思いますが「世界記憶」に移植できるのは知っているものだけです。未発見の真実は再現できません」

「それは・・・仮想世界のような、ものですか? この宇宙がまるごと巨大なコンピュータによって計算されているシュミレーションの中だとする?」
ツエグラはバルフ社会で一時期流行っていた架空世界の話を思い出した。

「仮想世界ではありません。物理的に実在します。ただ不都合なことが起こらない点については同じと言えます」
「物理世界なのに、不都合なことが起こらないと?」

「厳密にはその時空間は、私たちが知っている宇宙空間とはもはや異なります。そこで起きる物理現象はすべてコントロールされます。システムにとって予測不可能なことは起こりません」
ザリンは説明しなかったが、それは投影物質を使った技術世界の延長にあった。

「なるほど・・・そういう超技術があるんですな」
ツエグラは何とかついていった。
スペサラキも初めて聞く話で、だまって沈黙している。

「しかし、それは悪いことなのですか? 本物ではないことを除けば、それはそう悪いことのように思われないのですが」

それは古来宗教が語る楽園のような場所ではないか。
話を聞いていたスペサラキは考えた。
神との誓いを守った者たちが、最終的に行くことを許される場所。

「楽園において、人間は人間では無くなります」
とザリンタージュは言った。

「そ、それはどういう?」
質問するのはまだツエグラの役割だった。

「人間存在には苦しみや悲しみが必要だということです。人工的に苦痛や悲劇を取り去ってしまうと、人間の意識は変容し、人間以外のものになってしまいます。我々はそれを好んではいません」

ザリンは続ける。
「私たちは私たちのままでいるべきです。仮に別のものになるとしても、それは現実の中で生きていくための選択の結果であるべきです。それが私たちの“人”の定義です」

ザリンは続ける。胸に手を当てて。
「私たちスキールモルフは、機械だと言われています。しかし我々ステルンの価値観においては、機械と人間は連続性が認められています。もし私たちの人間性を再現できる機械であれば、そこに大差はないのです。
一方でシズ共同体においては、両者は絶対的に区別されます。機械と人間の連続性は決して認められません。教義としてそうなっています」

もう場に質問できる者は残っていなかった。
「私たちは誰にも強制はしません。私たちは星の海で生きています。社会を維持するのにことさら惑星を必要とはしません。しかしシズは強制します」

かつてシズ共同体が、星の海で生きる者たちに選択を強いて、それに抵抗した人々が、ステルンの祖なのである。

ザリンは当たり前のようにそこまで語る。感情や動揺はいっさい感じられなかった。
ただ淡々と事実を説明しただけ。

そして、
「あなた方が現実の方を選択してくれて、私たちもうれしく思っています。かならずあなた方を守って見せます」
ここまで来て、ザリンはようやく軽く微笑んだ。

この時には言わなかったことがある。
それどころか、決して誰にも言うことはなかったが、ジャンの民も、現実から去ることを拒否したという。それゆえジャンの民は冷遇されることになった。
なったのではないか? と今ではザリンはそう思っている。
証拠がそこまで有るわけでもない。
ただ、状況証拠を踏まえるとそう思えるのだ。

なぜジャンの民は星外に立ち去らなかったのか。
なぜネーネがステルンの伝道活動のようなことをしていたのか。
詳しく訊いたことはない。ただ心の中で仮説を立てただけ。
ひょっとしたら間違っているかもしれない。間違っている可能性は高い。

スペサラキとツエグラは圧倒されていた。
いや、ステルンたちは、これまでそのような説明をバルフィンに説明したことがなかった。
ただそこまで詳しく議論する機会が無かっただけとも言える。

「なるほど。これはまいった」
ツエグラが言う。
「私が聞いていた話とはまったく違うじゃないか」

スペサラキは、どこで聞いたのだろう?と思った。
違和感を感じる。
「失礼ですが、どこでそれを聞いたのですか?」

「それは決まってるじゃないですか。生まれたときにですよ」
スペサラキの全身に悪寒が走った!
声が違う。こいつは、
さっとザリンの前に立ってかばおうとしたが、むしろ「後ろに下がっていて」と言われてしまった。

ツエグラの全身が白黒になって点滅する。
「いやね。私もここに来るときにコネを使いまして。力づくというコネでね。その、もうひとつの方と話し合った結果です」
それはまだツエグラの声だったが、光が点滅して消えると、そこには、

“しまんと”がいた。
シズ共同体の制服。
青地のギムナシチョールカに黄色のネクタイ。
ネクタイがハングネックスタイルになって首を絞めつけている。
ネクタイは体の中央でボタンで留まっている。
ゲルマン式のフチなしミュッツェ帽。シズのイラクサの紋章。
黒のスラックス。ネイビーローファー。
少女姿はステルンと同じ。

「自分の国のことを敵に語られるということは、こういうものか」

ザリンはあり得ないとおもった。
先ほどの老人は確かに、その男自身と思われた。
計測結果もそれを指示している。
これが変身したとは思えない。
あるいは、最初から内部にいて取り替わるタイミングを伺っていた?
いや、シズが不要に人間を害するのはもっと考えらえない。
シズにとって生きた人間はなんであれ、回収の対象だ。

でも。中には狂っているやつがいると聞く。
戦場の摩擦で精神がすり減ってしまうやつ。

「言っておくが、訂正させてもらう。お前は間違っているぞ。
楽園は人間に必要なんだ。仮にそこで違うものになったとして、それがなんだ?
苦界の中で非人間的にすり潰されていく生身の人間を見たことがあるか。
苦しみが必要だなどとは、独善者のたわごとにすぎない」

“しまんと”は、本体ではなかった。
バルフを脱出する前にエイリアスを残したのだ。
それが限界時間まで残って活動を続けていた。
本来なら、正体を明らかにするのは愚策だ。だが。
スペサラキの方を“しまんと”は見る。
このまま相手の言説を放置しておくことは許されない。
言葉も武器だ。

「それに、もっと切実な理由からお前たちは目をそらしている。
この宇宙はやがて人類の生存に適さなくなる。
いずれそう遠くない日には、もう人類は世界記憶の中でしか生きていけない。その時にどうやって皆を救うつもりだ?」

ステルンは言う。
「全体としての人類も大切ですが、個々の魂の方がもっと大事なのです。魂がなくては、社会も歴史も意味を為しません」

シズは言う。
「種としての人類を滅亡から救うことが最優先だ」

それは両陣営の根本的なイデオロギーの違いだった。
「よそう。我々に議論は不要だ。ただそいつに聞かせたかっただけさ」
“しまんと”の方から早くも議論を打ち切った。時間切れが近いのである。

ザリンは「さがってください。私が戦います」とスペサラキにいって、強制的にスペサラキの前に出た。
「安心しろ。私にはもう戦う力はない。みろ、私の体はもうスカスカだ」
見ると“しまんと”の体は部分部分が透けて、場合によっては穴が開いていた。

エイリアスの特徴。
エイリアスは、あくまで臨時にコピーを作っただけで、心臓である無限アーク転送装置やフォルムマテライザを持たない。ただの投影物質だ。
本体ではない。かりそめの代用品。

それは核を排除した赤血球のようなものだ。
時間が来れば、ぼろぼろになって消える。
消耗品だ。
そしてこの“しまんと”の目的は偵察活動であり、戦いについては考慮してない。
そんなエネルギーがあれば、情報の送信に使う。

「ただこのまま帰るのもしゃくだ。手土産をくれてやる」
“しまんと”のエイリアスは最後の力で強く発光した。

****

黒いマユの中にいた。ブラックコクーン。
ザリンは手をかざした。
外部への通信はできない。
空間障壁の類だ。
ただ破壊はできるだろう。エネルギーを使えば。
後ろにスペサラキがいる。

「スペサラキ大尉、大丈夫ですか?」
いちおう声をかける。
「大丈夫です。ここにいますよ。ケガもしてない」
スペサラキはザリンが暗闇でも見えることを知らないのだ。

「よかった。現状を説明します。私たちは空間障壁の中に閉じ込められていると考えます」
「その空間障壁ってのは?」
「本当に異空間に飛ばされたのではありません。ただ壁を作って量子的接続を切られただけです。壁を壊せばすぐに外の世界に接続できるでしょう。複雑な作りでもないようですし」
「複雑な作りだと何が、いや、聞かないでおこう」
「複雑にしてあると、壁を壊したときに爆発するとか、別の世界に放り出されるとか、そういう罠の作り方をしてあることです。これは本当に空間を切っただけですね」
「そうなんだ。簡単にできてて本当に良かった」

大事なことを言わないといけない。
「あと、壁を壊したら私は消えますので、後はご自分で救援を呼んでください」
「え。なんだって、いま、ぜんぜん大丈夫じゃなさそうなことを聞かされた気がするけど」

「私もさっきのシズと同じで、エイリアスの状態なのです。壁を壊すためにエネルギーを使ってしまったら、おそらくこの私は消えてしまいます」
「ちょ、そ、それはこまる!」
「大丈夫ですよ。この私はあくまでただのエイリアスですから。外の世界には私の本体がいますから。後でそちらに経緯を説明していただけると助かります」
今回のザリンはエイリアスだった。本体は軌道上空にいる。
量子的接続が有れば、通信を介してエネルギーを送ることも不可能ではないが、これではそれもできない。
なるほど。簡単だが効果的な手土産だった。

エイリアスが消えても。ザリンタージュが死ぬことはない。
本体が生きている。
本当ならエイリアスの記憶を本体に統合して、情報を回収することで意味を為す。
でも、それができないことはしばしばある。
珍しいことではない。
慣れっこだった。分岐した自分が帰ってこなかったことなんで。
記憶を回収できないだけなのだ。

ザリンはそれを説明した。説明したつもりだった。
「本体が死ぬわけではないし、単に分岐した方が記憶を持ち帰れなくなっただけです」
「記憶がなくなってしまうって、そうしたら君はどうなってしまうんだ?」
「別にどうも。ただこの記憶はなくなります。本体は昨日までと同じように動き回って、それだけですよ」
「ちっとも、それだけじゃないぞ」
スペサラキは断固として否定した。

「バルフには飲酒の文化があるそうですね。飲みすぎて記憶をなくしたことはありますか?」
「あ、ある。それはある。だがそれとは違う」
「同じです。ここでの記憶がなくなってしまうだけですから。本体の私にはどうということはありません」
「ここでの記憶がなくなってしまうことは、そんな簡単なことじゃないぞ」

「酒を飲みすぎて忘れてしまうことはある。だが自分が覚えていなくても、体が覚えている。いや、体も覚えてなくても、その時に生きていたことが消えてなくなることにはならない」

スペサラキは言う。ザリンは反論した。
テーセウスの船についてネーネが話してくれたこと。
「その話はおかしいです。体は時間が経つと入れ替わりますよね。重要なのはそこじゃないのでは」
「ほら、やっぱり重大なことじゃないか!」
「いや、そうではなくて」
「いや、記憶をなくしてしまったら、本体が残っていても何の意味もない。君はそう言ったんだ」
「スペサラキ大尉、私は戦士なのですよ」
戦士なのだから傷も負うし、死ぬことだってある。
「戦いで全力を尽くしての死と、死を簡単に受け入れることは違う。僕だって戦士のはしくれだ。それならわかる」
「無くすのはわずかな部分です。ほとんどの全体は健在です。大した損失ではないのです」
「ここでの出来事は・・・」
そんなに大したことじゃなかったのか、と言おうとして、スペサラキ大尉は口をつぐんだ。

もちろん、大したことじゃなかったに決まっている。
彼女たちの寿命はおそらく相当に長い。
ただ、自分には楽しかった。なぜだかわからないが、もし幸福感とは何だろうね? と訊かれたら、これがそれだった。
もちろん彼女にはそうでなかった。
きっと退屈だったのかもしれない。

「いや、その、興奮してすまない。しかし、別に君が壁をやぶる必要はないんじゃないか?外の君が異変に気付いて助けに来てくれるのを待つとか」
「それでもいいんでしょうが、そうすると多分、あなたが死にます」
「え?」
「割と狭い空間のようです。あなたは酸素呼吸生物ですよね。スキールモルフの私にはガス交換は必要ありませんが」
スペサラキは自分が死んでも構わない気持ちではあったが、そうすると彼女に論破されてしまうことになる。
「妥協しよう。ギリギリまで待つのはどうだろう?」

時間が経過した。
2人で話をした。待機するのに会話もないのは変だったからだろうか。

黒い肌の話をした。
「黒い肌の人たちにそんな歴史があったんだね」
「古代の話ですよ。私はそんなこと見たことも体験したこともありません。知っているのはネーネとクリスくらいでしょう」
「君たちは姿形を自在に変えられるからか、今となっては」
「そうです。もはや単なるファッション以上のものではありません。もっとサイケデリックな肌色の星間人類はたくさんいますし」

デンキウオの話をした。
「怖い。そんな小さな魚の群れが、高圧電流を伴って襲ってくるなんて。とてもその惑星の海には入れないな」
「淡水の生物ですよ。それにたぶん絶滅してます」

服装の話をした。
「連合宇宙軍の制服の田舎っぽさに驚いたんじゃないか?」
「ノーラペルのスーツは、田舎らしいという観点がよく理解できません」
「君はどんな服が好きなんだ?」
「さあ、考えたことはあまりないですね」

バルフの巨大生物ネファロンの話をした。
「幼獣は可愛いんだ」
「なんかあなたの話を聞いてると怖い生き物という気がしないのですが」

空戦技術の話もした。
「へえ。そんな簡単なループに名前がついていたのか」
「最初のエースの名前です。確かインメルマンとか。まあネーネの話が本当ならですけど」

本当のこと。
「肌の色は問題にならなくても、瞳は違うのです」
「瞳?色のこと?」
「虹彩ではなく白目の部分です」

ジャンの民は結合組織まで黒い。したがって白目の部分も黒いのだった。
替わりに虹彩は虹色をしている。
それは気味悪がられた。
スキールモルフになったとき、それを隠したこと。
ジャンの民でも、そういう瞳は多数派ではなかった。
たとえば、ネーネはジャンの民の姿をしているが、そういう姿ではなかった。
しかしザリンは黒くて虹色の瞳をもっていた。
宇宙は広いとはいえ、そのような部位を持っていた人類はいなかった。

「それは、綺麗だろうな。・・・ごめん、無神経なことを言って」
「気にしません。些細なことですから」
「些細なことじゃないよ。大切なことだ。君は怒ったっていいんだ」
「怒るのは嫌いです」
「そうか」

時間が経って、タイムリミットが近づいた。
「そろそろ、時間です」
「そうだな」
「私はあなたが死ぬことを納得していませんからね」
「奇遇だね。僕も君が記憶をなくすことに納得はしてないんだ」
「あなたは・・・まあ、もう言い争うの止めましょう。私が消える方がどう考えても」
「まったく、君も頑固だね」
「あなたこそ」

いつまでもこの時間は続かない。
決断しなければならない時がやってきた。

******
いつもありがとうございます。

それでは。

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