もっくん
こじらせ
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こじらせ

もっくん

自分の文章というのは、時間を経て改めて見ると、本当に恥ずかしい。勢いで書いたものほど。

昨日のなんか、その代表選手である(笑)(書いてあること自体は正しいので消さないけれど、文体が恥ずかしい)

なんで私、こんなに大人が嫌いなんだろう🤔 中年になって、対外的には文句なしに「大人」のがわに立ってしまったのに、精神的にはどこか、心の中の大人と戦っている。

これは、自分で掘り出すのは非常に恥ずかしいけれど、父性や主体性の問題だよな、と思う。自分の人生を、どこか他人のせいにしているというやつだ。

「わたしを何かでジャッジしやがって、くそが死ねや」

と心の中で思う

子供の頃は、実際の世界と合っていたのかなと思う。

でもいつしか、自分のことをジャッジする人が居なくなっても、心の中に「誰か」を作り出し、「わたしが私らしくいられないのは、こいつのせいだ」と、誰かのせいにする。

そうすると、その対象(誰か)を、世界の中に妄想で作り出し、あたかも他人がそれを改めて再現しているような、そんな認識をつくる。

実は、ジャッジしているのは自分。「大人」という主体を放棄した自分が、代わりに精神の中に、「永遠の大人」を作り続け、ひとのせいにする。

どうやったら、こういう人生の作り方をやめられるかな、と最近悩んでる。8年ぶり○回めくらいの闇落ち。

前回より成長したのは、この怪物は自分の中にしかいないとわかっている点。最近流行っている、異世界タイムリープものみたいな展開だ。笑 (漫画のトレンドも、メタ思考がどんどん進んでる。凄い時代だ)

この怪物についての取り扱いは、HUNTER×HUNTERのアルカ・ゾディアックが参考になるかなあと思っていて

こうやって隔離して閉じ込めても、それは自分自身の一部なので、かわいそう

(しかも、忌避して優しくしないと、そのうち災厄を巻き起こすという…)

この存在は「欲望の共依存」と名付けられて、とても味わい深い話だった……

(ほとんど自分にしかわからない備忘録になっていますが、まあ、フィクションを参考にいろいろ自分のことを考えている、ということです)

中学受験の話を掘り出した時に、どうも私の中のアルカ(ナニカ)を目覚めさせた感があるんだけど、たぶん、あの頃の私がいちばん私らしい。

この子はとても怒っているので、ちょっと宥めて、連れていかなければいけない。統合しないと、どこか、他人の人生を生きているようだから……

目に見える部分にはなんら問題はないのですが、そんな感じで、自分の中をメンテナンスしてる期間なのでした。

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もっくん

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もっくん
茨城県つくば市の自家焙煎珈琲店『もっくん珈琲』オーナーのお仕事と並行して、占星術&タロットカウンセラーもやっています。人間の内面を考える観点から、子供の教育や性教育についても関心を持ち、いろいろ活動しています。