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小説 「僕と彼らの裏話」 24

24.狂気の沙汰

※警告!!:主人公の「希死念慮」に関する描写が含まれます。

 今日はモデルルームを見た時点で「仮決定」とした物件の、内覧の日である。不動産屋の車に乗せられて、現地に赴く。
 大型マンションの中層階で、玄関ドアは引き戸、内部も完璧なまでにバリアフリー仕様である。現在の彼女の住まいにも、引けを取らない。
 僕は、彼女が北海道から持参した水平器を持たされ、それを新居内の様々な場所に置いて「傾いていないか」を確認する係を命じられた。(問題視すべき傾きは無かった。)
 彼女は、もっぱら洗面台や棚の「高さ」と「扉の開閉時の感触」を確認する。
 こだわりの浴室は これからリフォームするので、今はまだ、彼女が毛嫌いする「既製品」のままだ。
 それでも、他の箇所については「大満足」らしく、僕としても不満は無い。


 無事に内覧を終えて不動産屋に戻り、僕は いよいよ契約書にサインをした。出資するのは彼女だけれど、名義人は僕である。(彼女のほうは いずれ改姓するから……という、至極単純な理由である。)
 その後、興奮冷めやらぬまま、ホテルに戻るべく駅に向かい、改札で駅員に声をかけてから、あの板を持ってきてもらう。(その一連の流れにも、だんだん慣れてきた。)
 今後、札幌の住宅をどうするか、家具・家電をどうするか、引越しの日取り等、多くの事柄について、僕らは入念な『作戦会議』をしなければならない。電車を待つ間、彼女は しきりに その話を進めようとした。
 しかし、駅は騒がしいし……暑さで、頭が きちんと働かない。駅員や他の人に、私生活に関する情報を聞かれるのも嫌だ。
 僕は「まずはホテルに帰ってシャワーを浴びよう」と提言し、新居の話は保留にさせてもらった。そして、夕食について思慮を巡らせていた。
 札幌から訪ねてきた彼女より、10年近く こちらに住んでいる僕のほうが、暑さにやられてしまいそうだ……。立っているのが、辛い。

 向かい側のホームで、男子大学生らしき2人組が、互いにスマートフォンを見ながら、大声で笑っている。
 その、ごくありふれた光景を見た瞬間、僕の脳裏には、自分が大学生だった頃の【悪夢】が蘇る。

 インターネット上での、僕に対する【誹謗中傷】のことである。
 匿名掲示板における至極下品な『悪戯書き』を信じ込んだ人々が、現実の街中や大学構内で僕の姿を見るたびに嗤い、淫乱だの猥褻わいせつだのと罵り、息をするように「隠し撮り」をして、それをネット上でばら撒き、あるいはSNSで共有し……。そして、それらは大いに“バズった“。(当時、そんな表現は存在しなかったけれど。)
 当時『ゲイ疑惑』をかけられていた僕は、時に 見ず知らずの男子学生に臀部や局部を触られ、蹴られ……。「トランスジェンダー」と「同性愛者」を混同した連中によって「オカマ」呼ばわりされながら、男性器が「まだ付いてる!」と嗤われ……「乳首が4つあるって本当か!?」と、根も葉もない噂に基づく、下品な質問を幾度も浴びせられた。
 僕はインターネット上では【淫乱】を絵に描いたような変質者として扱われ、僕の写真を加工して「性的なコンテンツ」として消費することは……犯罪ではなかった。警察は、僕が受けた被害を「事件」として認めなかった。
「学校で いじめられたくらいで、いちいち警察にまで来ないでくれ」
 警察官の、その残酷な一言は、今でも忘れられない。

 僕は【法】によって守られるべき存在ではないのだ。……要するに、僕は【人】として、あるいは【国民】として、認められていないのだ。野生動物の一種と、何ら変わりないのだ。

 そうだ。僕は「穢らわしい」のだ。
 性犯罪に及ぶ前に、“精神病院“に入れなければならない。……あるいは、凶行に及ぶ前に【殺処分】しなければならない。
 僕が生きているだけで、不快になる人・生命の危険を感じる人が、数万人 居るのだから。


 アナウンスが流れ、電車が走ってくる。
(今が……【その時】だ……!!!)
 取り憑かれたように、線路に向かって駆け出す自分を……止められない。


次のエピソード
【25.誓いの言葉】
https://note.com/mokkei4486/n/neb662368c160

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