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もけると物語【9:椅子とアノニマスとヴァナキュラー】

”こびと”ではない3人衆が談話室の開放された石畳のテラスまでやってきました。もけるとの村人たちは目を丸くしてオドオドしています。怖がってもいます。そんな村人たちの前までやってきたのは、私と同じように背の高いいわゆる”普通”の人でした。

「tecoさん、はじめまして」

「もしかして、はやとさん、のいえさん、それにもぷもこさん?」

「正解!もう一人やってきます」

もけるとの村人たちはまだ目を丸くしてキョトンッとしています。でも、もう怖がってはいないようです。談話室のテラスに立つ彼らは建築模型つながりの仲間たちです。私が引っ越したことを理由に会いに来てくれたんです。

なぜ、初めて会うのに彼らのことが分かったかというと・・・、はて、なぜでしょうね。あえて言うなら、みんな口元がクスクスと笑っているように見えたからでしょうか。こんなこと、皆さんもあるんじゃないかなって思います。「デジャヴ(初対面のなにのすでに会ったことがある気分)」ってやつです。バーチャルとリアルがリンクというかシンクロしたみたいで不思議です。

「おぉ~い、お待ちどうさまぁ」

みんなを乗せてバスを運転してきたプロドライバーの海老澤さんもやってきました。やはり建築模型つながりの仲間です。みんなそれぞれいろんな立場を抱えています。建築模型つながりだけど模型職人とは限らないということです。

アノニマスと復刻

シューメーカー

もけるとの談話室にある椅子は3本脚です。背もたれもなければ肘掛けもなく、座面がお尻の形に削られたシンプルな椅子です。シューメーカーチェアといいまして、「Werner(ワーナー)社」のラーズ・ワーナーさんが復刻して世に広めたスツールです。15世紀頃、乳搾りのための椅子として使われ始めたこの椅子の特徴は、凸凹な地面でも安定する3本脚と、お尻の形に合わせて削られた座面、まさにその2点です。愛着あるシューメーカーチェアは世界にその姿を残すためにリデザインされました。

私もシューメーカーチェアはとても大好きで、ハンドメイドでミニチュアを作りまくっていた時期がありました。近所のカフェにもシューメーカーチェアがあったので、寸法を採らせてもらって1つプレゼントしたこともありました。もう何年も前の懐かしいお話です。しかも写真しか残っていません。その頃はこのスツールを「アノニマス(匿名)」の椅子だと思っていました。今思うと変な話です。アノニマスな商品を有名ブランドがいい値段で売り出す訳ありません。シューメーカーチェアが誰の手によってどんな経緯で誕生したのかはちょっと調べればすぐ知ることができました。

そういえば、もけるとの村人たちの商品や作品、サービスはまさにアノニマス。姿を隠して良質のモノを提供するなんて、勿体なくもありカッコ良すぎでもあると思うんです。

ところで、大体の建築学生さんは椅子にハマる時期に遭遇します。私の場合は卒業後にハマったので遅かったのですが、日本、北欧、ミッドセンチュリーは結構本を読みあさってはデザイナーズチェアのあるカフェへ出向いていたものです。以前、ドラマがらみの記事にちょっとだけ書いたことがありましたけど、よく椅子をひっくり返してはブランドの刻印なんかをチェックしてはニヤついていました。デザイナーズチェアは建築家を諦めた私にとっては建築の縮図のように見えて規模的には理解しやすかったのかもしれません。

ヴァナキュラーとネット

みんな何しに来たかといいますと、近々締め切りのコンペ【猫の棲家】にみんなで応募しない?っていうお話の続きをしに来たのでした。私達はネット上の小さなコミュニティの住人でして、まだ一度もお会いしたことがないメンバーだったりするんです。このコミュニティの中の人達はもけるとの村人たちとまではいかないけれども、秩序正しく程々に緩い仲間たちです。だから、こうしてチャットの枠から飛び出して会いに来てくれるのもとても嬉しいわけです。ところで、会ったこともないのにいきなりコンペへの参加を企画したんです。ネット上で集まったメンバーでコンペを楽しめるなんて時代を感じます。

こうやって妄想アパートメントもけるともけるとの村人たちと生活を共にするようになってから、オリジナリティ(個性)っていうものを強く意識するようになりました。オリジナリティがなければいけないわけではないと思うんですけど、村人たちはそのオリジナリティ以上にヴァナキュラー(地域性/特有の)が強烈です。村人たちの誕生秘話といい、10年前に起きた村の出来事といい、悲しくて悔しいはずの過去を村の本質としてしっかり内に秘めているなんて。未だ閉じこもった感はぬぐえませんけど、とはいえ、もけるとの村人たちは地味に強いなぁって思うんです。

コンペのメンバーは私を入れて4名。海老澤さんは世界のトップアスリートや関係者さんを乗せるバスのドライバーとして2週間ほど忙しいとか。今回のコンペは辞退して明日からまた本業で大活躍します。チームを組んだ4名は住む場所も性格も職業も全く違えど、気まぐれな猫の棲家をデザインし提案します。ブラッシュアップして応募までこぎつけるには幾多の至難を乗り越えなければならないでしょう。ネットのコミュニティ出身ともなると、なおさらヴァナキュラーでアノニマスなもけるとの村人たちが強烈なお手本になりそうです。

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ちなみに、ヴァナキュラー的目線で椅子のお話をすると、椅子には3大スタイルがあると言われています。ひとつはイギリスのウィンザーチェア。一つは中国の明式椅子、ひとつはアメリカのシェーカーチェア。です。どれもその地で生まれた貴重な椅子のスタイルです。昔はモノが生まれる時には必ずその地の特徴が色濃く出たものです。だって、今のように情報過多でデザインに一貫性が失われる心配なんてないんですから。その土地のモノ、考え方、技術で生活に合わせて生み出すしかなかったでしょうから。

で、シェーカーチェアをアイデアの基本として、北欧の家具名匠のひとりとして知られるボーエ・モーエンセンさんは「J-39」という椅子を作ります。イギリスのシェーカー教の教徒たちが理由あってアメリカへ移り住み、結果生み出されたシェーカー家具は世界でも有名です。その質素であり機能美に溢れたシェーカーチェアに感銘した北欧の名匠がリデザインしました。現代では当たり前のデザインながら、私もその姿に魅せられてS=1/50で再現したミニチュアチェアです。

気づけば、ヴァナキュラーな村のアノニマスな村人たちも巻き込んで、コンペのお話、談話室放送室図書室のお話つながりで、コミュニティサイト「妄想アパートメントもけると」構想も持ち上がるのでした。



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