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もけると物語【3:メディアの中の模型とこびと】

「やばっ、2時間経ってるっ」

管理人ピエロさんの美味しい昼食もさることながら、こんなに会話したのは何年振りだったのかな。普段、薄暗い静かなアトリエでアームライト一つ灯らせて模型製作をしているものだから、人と会話することなんてまずないんです。しかも、ネットで注文を受けては製作し、納品もただ発送するだけです。人と会う必要なんてないんです。こびとさんたち、揃ってモノづくりに精通していたものだから、お話が弾んでドンドン時が経っていたことに気づきませんでした。

「あれ?こびっ、いや、皆さんは?」

「もう帰りましたよ」

「ところであなたは?今頃失礼な聞き方だけど・・・」

「私はもけるとの村人です」

お話の続きを簡単にまとめると、どうやら妄想アパートメントもけるとが建つもけると村の村人で、ここの住人というわけではなかったみたい。で、管理人ピエロさんと同じ一族。皆さん小柄なんですよね。昼食を楽しんでいた最中、皆さんに「ピエロ」って呼ばれていたのも当然で、別に遠い見知らぬ地から怪しい魔法使いがやってきたってわけではなかったんです。要するにバリバリの地元人だったわけです。管理人ピエロさん、言ってよ。

TVと村人

ワクワクするほどの楽しい話も聞けたけど、直近の仕事がヤバいのでアトリエに戻ってきました。今手掛けているのは、某TV局のニュース特集で感染症対策の説明に使われるマンション内観模型。メディア案件は結構タイトで、図面もなければイメージもないことが良くあるんです。しかも「明日の夜には欲しいんです」などと無理難題を浴びせかけ、結局使わなかったなんてこともザラだから恐ろしくて素晴らしい。捉え方によっては「お任せ案件」なわけですが、期待に応えられたかどうかは、またいつ来るかもわからないリピート依頼を待つしかないわけです。

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住宅白模型職人としては不本意(?)なカラー模型は無事に完成。20時頃に取りに来た某TV局関係者さんに手渡し、その日の深夜にスタンバイされ、早朝ニュース番組の生放送でお披露目という・・・お疲れ様です、局の裏方様方。

ニュース番組で特集される感染症と妄想アパートメントもけるととの間には悲しい出来事がありました。昼食は楽しいお話だけではなかったんです。もけるとの村人にTV局のお仕事の話なんてとてもできませんでした。「今、どんな案件受けてるの?」って聞かれても「マンションの内観模型を作っているだけですよ」としか伝えられなかったんです。

私が妄想アパートメントもけるとを買い取った時の金額、たったの999,999Yenでした。行政が作った箱モノが100分の1の価格で売られていくような価格です。しかも、当時起こった”あの出来事”など私には明かされず仕舞いで。安いわけです。”あの出来事”が起こる前まで、談話室は毎日がにぎやかでまぶしい社交場だったそうです。それが今では、外を歩く村人も全く見ることのないさびれた村へと激変しました。とにかく静かで黙々と作業できる棲家を探していた私にとっては棚からぼた餅的環境でしたが。

村人の声は全く聞こえない代わりに、鳥のさえずりや小川のせせらぎは作業場まで流れ込んできます。管理人ピエロさんが現れてからの2日間でいきなり明るい部屋が2つも増えちゃいましたが悪い感じは不思議と皆無です。もちろん、皆無である理由はちゃんとあります。

デマと村人

なぜ、談話室の大テーブルに村人たちがすぐに集まれたのか、不思議でしたがすぐ解決しました。もけるとの村人は規律正しい性格で、談話室の利用は完全予約制だったそうです。しかも全テーブルが2時間制でそれぞれ30分ずつズレているから、来店時の入り口でもお会計時のレジでも村人が並ぶことはなかったそうです。

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2階より上の各部屋はモノづくり職人たちがもけるとの村観光を兼ねてお忍びで創作活動する宿泊部屋だったそうです。世界各国から孤独を好む職人が集まる妄想アパートメントもけるとは、人の行列などできない、世界でも稀な一人旅の楽園だったんです。そういえば、カマクラのハセは18時を過ぎると眠ったように静まり返る村ですが、もけるとの村もそんな夜が当たり前だったそうです。そんな施設の唯一の社交場が談話室だったというわけです。

10年ほど前、世界中でナゾの感染症が広がり始めました。隣りの村も大パニックに陥り、村を閉鎖しては村人の命を守っていたそうです。ところが、もけるとの村は全く感染症が広がらなかったんです。その原因を究明するために、世界各国から何の連絡もなく村に訪れる調査団で溢れました。彼らは無理やり妄想アパートメントもけるとを寝床にしました。もけるとの村の文化・伝統・歴史に目を向けることなく、科学的根拠だけを手あたり次第調査するのですが、そんなものは何一つ見つかりません。当然ながら、もけるとの秩序は乱れ、ついには村人からも感染者が出るようになってしまったのです。

そして、

「この村の情報はデマ」

某TV局がそう伝えてこの村のすべてが終わりました。村からは世界各国からやってきた調査団も、お忍びで訪れるモノづくり職人も、秩序正しい村人の姿も消えてしまいました。

そんな村の妄想アパートメントもけるとを建築模型職人が買い取ったらしいというウワサが流れました。私が引っ越す前の日の夜。村人たちは影ながら迎え入れようではないかと、とりあえず赤い絨毯だけきれいにしてくれたらしいです。なぜ姿を現さなかったかというと、どこの誰かも分からないよそ者だったから。10年前の出来事が拭えずにいたんでしょうね。外の人間なんて信じられないでしょうから。そこで、村から離れて暮らしていた管理人ピエロさんが私の監視役として屋根裏に戻ってきたわけです。

裏話を知らなければ「この人たち、怖っ」と感じて私も逃げてしまったかもしれません。でも、屋根裏部屋といい、談話室といい、赤い絨毯といい。村人たちの優しさと繊細さは十分伝わるわけで。

「まさか、村の再生?」

とんでもないことを任されやしないかって急に気持ちがドキドキし始めました。やっぱり逃げる?

#業界あるある

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