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夜の遊園地

【ショートショート】

 今日は休園日だというのに、あなたが
「暇やから夜の遊園地に忍び込まへん?」
と言い出した。
 私は気が乗らなかったけど、あなたのわくわくする顔を見ていたら断れなくて一緒に忍び込むことにした。入場ゲートではなく、横道からこっそりと忍び込む。私の顔はこわばっていく。
「もし、警備員さんに見付かったらどうしょう?」
 私はひと足ごとに、周囲を気にしながらあなたの後を歩く。あなたは、堂々とどこかへ向かって歩いて行く。

 昔からそういう人だった。周囲の人が止めることでも、何食わぬ顔をしてやってのけてしまう。肝っ玉が大きいというか、やんちゃなところがあって、小学生の頃から私はハラハラしていた。私たちは幼馴染みのようなもので、お互いによく知っていて、あなたのやんちゃに付き合わされて、一緒に叱られて、一緒に謝るというパターン。そしてあなたは、優等生の私に免じて無罪放免されるというおいしい手口を繰り返していた。

「そういえば今日みたいなこと、昔あった気がするわぁ」
 そうそう、中学生の夏休みに、「暑いから学校のプールで泳がへん?」と言われて学校がお休みの日にプールに忍び込んだことがあったっけ。あの時は、水着に着替えたあなたがプールに飛び込む気満々でプールに続く扉を開けて、大ショックを受けていた。

 だってプールはもうシーズンオフだったから緑色に藻が張っていたんだよね。「未遂に終わって良かったわぁ」と胸をなで下ろした私。校内に無断侵入した時点でアウトだって分かっていたけれどプールで泳いでいたらもっとまずかったって分かるから。ちなみに私は、水着になんて着替えていなかったし、最初から泳ぐ気なんてなかったんだ。だけど、彼一人で行かせるのはちょっと心配だったから付いて行く感じだった。だから、今日と同じ気分だったなって思い出した。

 二人で肝試しをしているような気持ちで夜の真っ暗な遊園地をさらに歩いていくと、あなたが突然、こんな話を始めた。
「ここの遊園地に、有名な絶叫マシーンあるでしょ。あれな、十年前に新しく作る工事中に、マシーンに挟まれて一人作業員が死んでるんやて。だから時々、メンテナンスしっかりしているにも関わらず、真上にカートが来た時に止まるんやって。知っとった?」
「えー!こんな時にそんな恐い話するの止めてや!」
 私は彼の無神経さに嫌けがさして、口を利くのをやめた。無言で歩いていると、なんだか今日の満月が大きくて不気味にすら感じてしまう。

 黙々と黙って二人で歩いて行くと、薄暗がりの中、観覧車が見えて来た。私は、よく知っている広場に来て少し安心した。でも、今来た道をまた戻らなくてはならないのかと気付いてどんよりした気分になった。
 その時だった。

 突然、周囲が明るくなって、
「HAPPY BIRTHDAY!!」
というアナウンスが聞こえた。その声は私の名前を連呼した。どこに潜んでいたのか分からないが遊園地のダンサーやキャラクターたちがやってきて、私と彼を取り囲んだ。すると、彼は驚くことなく、むしろ待ってましたという表情で、私の手を取り、中央に進み出た。
「お誕生日おめでとう!いつも迷惑掛けてばっかでほんまごめんやけど、つきあわへんか?」
 恥ずかしそうにそう言うと、ポケットから小さなプレゼントを差し出した。私はそれを受け取ると、「この人とつきあうとほんとに色々、巻き込まれちゃって大変なんやわ」という心の声が聞こえた。でも、実は小学生の頃からずっと好きだったのだ。
「うん分かった。でもな、もう侵入はやめとこ」    
 私は彼にお願いをした。彼は頭を掻きながら
「今日は、ちゃんと申し込みしたんやで」
 と照れ臭そうにしている。予約してのサプライズだった。
 その後、私たちは貸し切りの夜の遊園地を満喫した。
 彼からもらったプレゼントは、昔から私が好きだったアニメの映画チケットが2枚とメッセージカードが入っていた。
「誕生日おめでとう。今度一緒に、映画に行きませんか」
 彼らしくない東京訛りの丁寧な言葉で書いてあるのが新鮮で、何度も何度も短い文面を読み返した。


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