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美味しい珈琲はいかが?2 乾杯

 最近、常連さんが来ない日が多くなった・・・。

 奥さんの看病で忙しいんだろうな。常連さん本人が倒れなきゃいいんだけど。


 私はいま、病院に来ている・・・。


ー***-


「マスター、お願いがあります!」と保温も出来るボトルを出して。
「常連さんの珈琲を淹れてください!」お願いをする。

 本来、この店はデリバリーやテイクアウトはしていない。その理由は「出来立ての珈琲を楽しんで貰いたい」とのマスターの思いから来ている。

 それでも、このところ顔を出していない常連さんの事が気がかりで仕方ないのだ。

「駄目です。」マスターはきっぱりと却下した。
「マスターがデリバリーをしない理由は知っています!その上でお願いしているんです!どうにかして、常連さんにマスターの珈琲を飲ませてあげたいんです、お願いします!」

 私は、深く頭を下げた。

「顔をあげてください、香さん。」
「マスターが首を縦に振るまで、頭をあげません!お願いします!」
「下を向いたままでは、私が首を縦に振っても見えないじゃないですか。」
「え?」
「わかりました。持って行ってあげてください。」


そんな経緯があって、病院にいる訳で。


「え~っと、常連さんの奥さんの部屋は・・・。」
 常連さんの奥さんが入院している病院は大学病院。『喫茶小さな窓』がある所から電車で3駅隣の街中にある。

 エレベーターホールの真正面にナースステーション。そこから西、東へと行ける通路が分かれてあってと言っても方角で名前が決まってる訳ではなく、エレベーターホールから見てナースステーションが12時の方向なので北として考える。すると3時の方向は東、9時は西という感じで分かれている。西に行けば重症患者の病室、東は比較的、病状が軽い人向けの大部屋があるといったシステムらしい。

「奥さんが入院している病棟は、西病棟・・・。病状が重いのか・・・。」
 勢いで出て来たとはいえ、どんな顔をして会えばいいのだろう。

 常連さんが、悲しんでいる顔を見るのはいやだな。疲れてないかな?ちゃんとごはんは食べてるのかな?廊下がとても長く感じる。緊張する。

 歩きながら、溢れる感情がある。

 私は、本当に心配をしてるのか―。

 心配をしている自分に酔っているだけじゃないのか?緊張のあまりそんな風に考えてしまう。
 廊下が、長い。このまま着かなければいいのにとも考えてしまう・・・。

 常連さんの奥さんがいる部屋の前に来た。
 コンコンとノックをする。「どうぞー。」小さく女性の声が聞こえた。
 横開きの扉を開けながら、「失礼します!」と言って部屋に入ろうとすると「シィー!」と立てた人差し指を唇に当てている女性がいた。

 その女性のベッドに俯くように、常連さんがいる。
「今は眠っているから、起こさないであげてね。」
 その女性は優しく声を掛けてくれた。

 その女性は年齢こそ重ねているけれど、品があり、そして、なんと言っても優しそう。多めの白髪がなければ実年齢よりかなり下に見られるだろうなと思う顔立ちをしている。

「もしかして、常連さんの奥さんですか?」
「そうよ、もしかしてあなたが香さん?」
「はい、そうですけど・・・。何で私の名前を知っているのですか?」
「主人から、いつも聞かされていますもの。面白い女の子がバイトに入ったって。」
「私の事をですか?」
「ええ。それは楽しそうに話しているわ。」

 ん?バイトに「入った」?

 私は、鞄から珈琲の入ったボトルを出し「この中にはご主人がいつも飲まれてる珈琲が入っています。起きたら、飲ませてあげて下さい。」
「まぁ、主人も喜びますわ。ありがとう。香さん。」
「いえ、それでは失礼します。」私は部屋を後にした。

「色々考えちゃったけど、行って良かったな。お見舞いのお見舞い。あっ、でも奥さんが入院している事は、私は知らないことになってるんだっけ?その事を奥さんに言うのを忘れてた。仕方ない、素直に怒られよう・・・。」


ー***-


「カランカラン」扉が開く音がする。
「おはようさん!」と元気に常連さんがやって来た。

「おはようございます。今日は早いんですね。」お水とおしぼりを出す。
 常連さんは、いつものように腕時計を外しながら
「ああ、ひと段落ついたからな!」
「いつもの珈琲でよろしいですか?」
「そうだな・・・」常連さんはボトルを出して、
「これと同じ珈琲が飲みたい。」と笑いながら言って来た。
「畏まりました。」とマスターが豆を準備していると・・・
「あら、豆の在庫がなくなりました。倉庫に取りに行ってきますので、少々、お待ちください。」そう言って、マスターが出て行った。

「昨日、この珈琲を届けてくれたのは香ちゃんだろ?マスターがそんな気配り出来るはずないし。」
「はい。すみません、差し出がましいことをして。」
「あんなに美味い珈琲はなかったぜ!」と常連さんが目を細める。
「愛情が詰まった珈琲、ちょっとぬるかったけど、とびきりに美味かった。ありがとう。香ちゃん!」
「それによ、今日から一般病棟に移る事になったんだ。これも香ちゃんのおかげだよ!」

「いえ、私はそんな・・・」常連さんと話していると、店長が戻ってきて
「せっかくですから、私たちも朝ご飯にしましょう。香さんサンドウィッチを3人前お願いします。」
「急に言われても、材料が・・・」慌てる私をマスターは悪戯っぽく笑いながら「ほら、香さん。」奥の扉を開けた。

そこには真新しいキッチン、広い導線、調理用の台は少し大き目、大きなオーブン、大きな冷蔵庫に業務用の二口コンロがあった。

―厨房だ。

「え?マスター、厨房ってまだ完成してなかったんじゃ・・・。」
「昨日、香さんが病院に行ったのとすれ違うようにマダムが来たのですよ。それで、香さんがいない訳を話したら、感動しちゃってですね。急遽、職人に連絡をしてくれて昨日の夜に完成したんですよ。」

「じゃあ、今日は香ちゃん料理長の初仕事だな!美味いのを頼んだよ!」
「でも、材料がないんですってば!」
「香さん、開けてみてください。」と冷蔵庫を指さす。
冷蔵庫の中には、エビ・アボカドサンドの具材が入っていた。

「わかりました!美味しいのを作りますよ!」
私は、腕まくりをして厨房へと行きました。

・・・香ちゃん料理長?私には美味しい珈琲を淹れる修行もあるのに・・・

ー完ー

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また、ひと段落した時に続編を投稿するつもりです。

#眠れない夜に

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