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<一首評>小野田光さん『蝶は地下鉄を抜けて』

小野田光さんの歌集『蝶は地下鉄をぬけて』を何度も通読できないのは、どこか途中で、時には冒頭のあたりで、立ち止まりたくなるからだと思う。立ち止まりたくなって、立ち止まる。静かだったり、ざわざわしたりする。
「さよならの著作権」の一連に、東京歌壇に掲載された時から好きな歌が含まれているのもあるのだけれど、でもやっぱり、巻頭歌の一首に、歌集を一度閉じるくらいつよい揺さぶりをうける。

 
金太郎飴の断面ひしゃげてる断ち切って断ち切って過去たち
/小野田光

 
この歌に立ち止まるのは、この歌が行なっているのは過去を断ち切ることなのに、断ち切ったその先ではなく、断ち切っている過去ばかりに目を向けているからだと思う。
そもそもこの歌の金太郎飴には、未来は含まれていない。未来は今という現時点にはなく、思い描くもの、未来が実現するときには今になって把握されるものだからそれはそうなのかもしれない。けれど、金太郎飴の棒全体がここでは過去の総体なのである。その一番手前であるひしゃげた「断面」が今なのだろう。そしてその今は、ひしゃげている。つまり、あまりハッピーな状態ではない。
だから<私>は断ち切る。その断面を断ち切ると過去が現れる。少しひしゃげ具合の差はあるものの、最初の断面と同じ模様が現れる。<私>は飴を断ち切り続けていく。
 
「断ち切って断ち切って過去たち」という言葉から、過去から引きずっている思いを、飴を切ると同時に断ち切っているように読める。けれど、<私>の動作としては、断ち切るたびに別の過去の断面が現れ、それと向き合う形になる。どんなに断ち切っても同じ模様が、つまりその時々の<私>を表すものが立ち現れる。断ち切れなかった過去が顔を出す。それをまた断ち切ってゆく。
それは救いようのないことなのか、それともそれこそが救いなのか、読みながらわからなくなる。わからなくなって、読者のわたしは泣いてしまう。
 
この歌の右側には、本の表紙絵を手がけたイラストレーターのkasiwaiさんの挿絵が描かれている。(この歌が左ページに、挿絵が右ページにある。)
その絵のなかでは、金太郎飴には白い(モノクロの絵なのでおそらく白いであろう)鳥が描かれている。断ち切られた飴に描かれたその白い鳥は、その飴から次々と飛び出して、羽ばたいてゆく。それを、映画館と思しき椅子に座ってポップコーンを持った人が、放心したように見上げている。
ひしゃげた鳥も、断ち切ることで、飴から抜け出して羽ばたいてゆくことができる。自由に飛ぶことができる。だからこの絵は、歌と違って、はっきりと救いが描かれていると思った。
 
ここであらためて歌に戻る。
 
金太郎飴の断面ひしゃげてる断ち切って断ち切って過去たち
 
断ち切ってのリフレインにより、金太郎飴を断ち切る瞬間の痛みが、飴側の痛みも、切る側の痛みも、同時に身体に戻って来る。
挿絵がこの歌の結末(あるいは結末へと行く道すじ)だとすると、この歌には断ち切る瞬間しかない。過去ばかりに向いている今という瞬間。そうするしかなかった瞬間。
そうか、救いでも救いようがなくてもいいのだ。わからなくていいのだ。ここでは、この歌では、断ち切って断ち切って…をしてゆくしかなかった。そうすることが、大事だった。
断ち切られてころがった過去たちは、金太郎飴の断面たちは、どれも少しずつひしゃげて、けれどきらきらしているのだろう。それがきれいだとか過去は美化されるとかそういうのではなく、ただただその光景に、わたしはやっぱり涙する。

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お読みいただきまして、ありがとうございます。
「かばん」2019年6月号では、小野田光さんの『蝶は地下鉄を抜けて』の特集が組まれています。
そのなかの「わたしたちの東京歌壇」で小野田さんと櫻井朋子さん、中森舞さん、私 椛沢知世の往復書簡も掲載されています。
お互いの東京歌壇の掲載歌やその他短歌のことについて、色々やりとりさせていただきました。
ぜひこちらも歌集と合わせてお読みいただければうれしいです。
http://www.kaban-tanka.jp/
http://www.kankanbou.com/books/tanka/shinei/0347


また、カリフォルニア檸檬さん、初谷むいさん、椛沢で作成している冊子「aima-kaima」第3号の注文受付を、7月7日(日)まで行っております。
すでに注文してくださった方、どうもありがとうございます。
作者の一人でもありますが、一人目の読者として、なんだか居ても立っても居られないような気持ちになりました。
ぼんやりするのも好きだけれど、ぼんやりしている場合じゃない、思いを馳せたくなります。

下記リンクから、巻頭言を読むことができます。
ぜひ、お読みいただけるとうれしいです。
よろしくお願いいたします。
https://t.co/oV8kPA0sbh

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