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魔法的とでもいうか、それはそれは豊かな時間。

「サーミのうた ヨイクが響く」東京公演@神谷町・光明寺

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北極圏に暮らす先住民族サーミに伝わる独特の唱法「ヨイク」。そのヨイクの使い手であるフローデ・フェルハイムさんはノルウェー出身の音楽家で、自身もサーミの血を引き継ぐ。

最近では、ディズニー映画『アナと雪の女王』に使われた「ヴェリィ」の作曲者としても知られるフローデさんの音楽は、だが、ヨイクが核にあるとはいえかならずしも民族的、伝統的というわけではない。ロックだったり、ジャズだったりクラシックだったり、さまざまなジャンルの音楽からヨイクのスピリットを抽出して、それを僕らの前に「ほらね?」と置いて見せてくれる感じ。その意味で、フローデさんは、ここも、そこも、あそこにも、僕らの生きるこの世界にはすべからくヨイクが息づいているのだと教えてくれる先生のような人だ。

一方、おなじくノルウェー出身のヒルデグン・オイセットさんは、かつて北欧の名門ビッグバンド「ボーヒュースレン・ビッグ・バンド」に在籍していたこともあるというトラペットの名手であると同時に、自由自在に「ヤギの角笛」を操る〝魔法使い〟だ。

ここのところ、『魔法使いの嫁』というヤギの骸骨の姿をした登場人物が出てくるアニメを観ていたせいで、もうヒルデグンさんが魔法使いの一族にしか見えない。フィンランドでは、ちなみに「サンタクロース」のことをヨウルプッキ、つまり「クリスマスのヤギ」と呼び、実際かつてフィンランドのサンタクロースはヤギの姿をしていた(あまりに衝撃的すぎるのでその姿をここに載せるのは控えておくが、興味のあるひとは「Joulupukki」で画像検索してみて下さい)。北欧では、あるいはヤギにそういった魔法的なイメージがあるのかもしれない。

それはともかく、ヤギの角笛の音色がまたなんとも不思議だった。その武骨な、というか、まんまツノな見かけからは想像できないくらい豊かで、丸くて、柔らかい響き。かと思うと、不意に梢を渡る風になったり、人間の息づかいになったり、はたまた動物の啼き声になったりと変幻自在。それこそヒルデグンさんの卓越したテクニックのなせる技なのだろうが、ほんとうに魔法のようで、やはりそこにもまたヨイクの存在が感じられた。

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実は、これまでずっと僕はぼんやりとヨイクを「歌」だと思っていた。けれども、ふたりの演奏を聴きながら、それはもっとべつの何か、言うなれば「交信手段」のようなものかもしれないと考えていた。実際、ヨイクを介して西と東、天と地、都市と自然、過去と現在、自己と他者…… そうした相対するものが出会い、響き合うことでふたたびひとつにつながるのを目の当たりにしたからである。

あまり深く考えないまま、僕らはことあるごとに世界を切り分けたがる。そうすることで、格段世界を理解しやすくなるからだ。でも、「天」と「地」との明確な境界が存在しないことからも分かるとおり、すべては便宜上の定義でしかない。切り分けられないものを切り分けることで、当然こぼれ落ちてしまう豊穣さもある。

そこでヨイクの出番である。ヨイクは、こうして切り分けられた世界の断片をふたたびぐつぐつと煮立った未分化な世界という「鍋」の中に投入するのだ。その鍋は、きっとアメリカの哲学者ウィリアム・ジェイムズが言う「純粋経験」のようなものにちがいない。世界とはそもそも、そんな風にどろどろと心地よく、安心してうたた寝していられるようなところなのだ。そこからは、たぶん「ムーミン谷」までもそう遠くないはず。

この日は、ゲストとして太田美帆さん率いる「UTA(ユタ)」も登場、フローデさん、ヒルデグンさんと共に数曲をコラボしたのだが、お寺の本堂にヨイクが響き、さらにそこにUTAが斉唱するミサ曲の「キリエ」が重なるという不思議な体験。状況的にはまったくもってカオスだが、ふしぎと心地よく溶け合ってしまうのは信仰さえもひとつの世界に帰してしまうヨイクの持つ力のおかげだろうか。

のどに刺さった小骨がすっと抜けるように、「サーミのうた ヨイクが響く」に行ったらつまらないこだわりやわだかまりがするするとほどけて、世界をもっと近くに感じながら家路に着いた。

「サーミのうた ヨイクが響く」は、今週末は奈良女子大学記念館講堂(奈良)、島之内教会(大阪)でも行われますので、興味のある方はウェブサイトで詳細をチェックしてみて下さい。

東京タワーのイルミネーションがきれいだったので写真を撮ったら、なぜかロケットの打ち上げ風景になってました。ある意味、これも魔法的?!

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日本で初めてのフィンランドに特化したポータルサイトを2020年秋に公開。また、CSRとして北欧流居場所づくりの試み「喫茶ひとりじかん」をMUJIの協力の下開催しています。2002年から2019年まで東京(荻窪→吉祥寺)にて日本初の北欧カフェ「moi(モイ)」を経営していました。