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円安と人民元安の資金流出リスクの比較


円安と人民元安に関する話

 妙佛DeepMaxさんが5月30日に公開した動画で提供されたお題について解説したいと思います。そのお題とは、「円安と人民元安に関する話」です。

円安と円高の問題

 円安と人民元、日本と中国の比較の前にまず、日本で円安と円高どちらが良いのかという問題について考えてみましょう。
 現在、米ドルに対して、円も人民元も下落しています。この状況について、中国では「円安で日本が終わった」という記事が出ています。しかし、実際にはどちらが終わっているのでしょうか。この問題について、私の考えを述べていきます。

円安とGDP

 円安と円高、どちらが良いのかという問題については、これまで私は明確な答えを出してきませんでした。まず、事実として言えることは、円安になった方がGDPの成長率は伸びる傾向にあるということです。GDPが成長すれば、マクロ経済的には良いわけですから、どちらかと言えば円安になった方が良いというのは否定できない事実です。では、なぜ円安になった方がGDPが増えるのでしょうか。
 日本には製造業を中心とした輸出企業がたくさんあります。それらの企業が円安のメリットを享受することは、言うまでもないでしょう。しかし、その理由だけではありません。
 日本は対外純資産国です。つまり、海外に対してお金を借りている分よりも、貸している方が多いのです。そのため、円安になると、円ベースでの利息や海外に投資をしているものからのリターンが増えます。これも円安のメリットとしては大きいです。

円安の影響と国民生活

 株式市場が上昇しやすくなるなど、円安のメリットは他にもあります。なぜ円安になると日本の株式市場が上がるのかというと、外貨建てで見た時に日本の株が安く見えるというのもあります。また、上場企業においては、輸出企業など円安で恩恵を受ける企業が相対的に多いということもあります。これも円安で日本株が上がりやすくなる要因です。
 マクロ経済的に見ると、円安の方がメリットがあるというのは事実です。ただし、難しいのが、この円安メリットを誰が受けるのかという問題です。日本では、これまで企業が円安で儲かっても、全く賃上げをしてこなかったため、国民があまり恩恵を受けてきませんでした。むしろ、国民は給料が上がらないのに、円安で輸入物価が上がって、むしろ生活は苦しくなるという状況が続いています。

円安と政治的な考え方

 円安のメリットをなるべく広く国民が享受できるような仕組みを作ることが、政治に求められています。しかし、それがうまくできてこなかったというのが、これまでの現状です。日本銀行は、この問題に対してそんなにできることはありません。円安のメリットが賃金上昇につながっていくのを、慎重に待っています。それが確かなものになるまで、緩和的な金融政策を続けてると言っています。
 結局のところ、物価上昇率を差し引いて求められる実質賃金が下がっているという問題だったり、円安メのリットを多くの国民が享受できていないというのも事実で、格差が拡大してしまっているということで、円安が良くない方向に進んでいると捉える向きもあります。全体として伸びていることを良しとするのか、それとも格差が拡大しているのを良くないと考えるのか、結局のところは政治的な考え方次第ということになります。

通貨の大きな変動とその影響

 私はこの問題に対して「どちらが良い」というのはあまり明確には言ってきませんでした。円安で大企業が儲かれば良いという考え方も違いますが、だからと言って円高にすべきだという主張の人たちの言っていることも違います。円安のメリットがなるべく多くの国民に生き渡るような、そんな仕組み作りをしていくことが望ましい方向性だと思っています。
 ただし、一つ言えることは、通貨が大きく変動することは好ましくないということです。
 円安になると、海外でビジネスをしようと決断する企業が増えます。海外でたくさんの費用をかけて拠点を作り、これから海外で稼ごうと思った途端に、今度は1ドル100円まで円高になりましたということになると、たまったものではありません。事業計画が立てられなくなります。企業は慎重になってしまいます。そういう意味で、今みたいな大きな動きはあまり好ましくないと思っています。

円安と人民元安に関する見解

 ここから、中国の人民元と比べてどうかということについてお話ししていきます。年初から人民元も対ドルで下がっていますが、日本円の方がドルで大きく下がっています。しかし、円安と人民元安、これは下落幅だけで比較できるものではありません。

日本と中国の為替制度の違い

 日本は自由な資本移動と変動為替相場制を採用している国である一方で、中国は資本移動を制限し、為替は管理相場制を採用している国です。
 中国は、なぜ未だに資本移動を制限し、管理変動為替相場制を採用しているのでしょうか。資本移動を制限しているというのは、簡単に言うと、お金を自由に海外に送ったりできないようにしているということです。これは、こうした管理を行わないと、中国国内から資金流出が起きる可能性があるということを、中国当局が理解しているからです。

中国の資金流出問題

 2015年に起こったいわゆる人民元ショックの時も、実際に凄まじい資金の流出が起こりました。中国金融当局は、こうした状況で人民元を支えるために、7,000億ドル(当時の金額でも8兆円)もの外貨準備を使ってこれを支えなければならなくなりました。中国にとって資金流出というのは、今でも現実的な脅威の一つになっています。

円安と人民元安に関する見解のまとめ

 今、日本では新NISAで国民が外貨建て資産を買っているというようなことが起こっていて、それも円安の要因になっているわけですが、資金流出が心配されたり、これによって金融危機が起こるようなことが心配されているかというと、全くそういうことはありません。輸入物価が上がって国民の生活が苦しくなったりとか、そういうことはありますが、デメリットはそういうことにとどまります。
 一方、中国の場合は、人民元安が起こるとまた大量の資金流出が起きないか、金融当局はおそらくヒヤヒヤした状況で、中国における人民元の下落は資金流出そして金融不安につながる可能性がある問題です。
 日本と中国の通貨安というのは、全く危機意識のレベルが違う話であるというのが実情です。
 
今後も、円安や人民元安など、経済に関するさまざまなテーマについて、深く掘り下げていきたいと思います。


ご参考(国際金融のトリレンマ)

「国際金融のトリレンマ」とは1980年代に徐々に認知されるようになった国際金融論上の一説です。一国が対外的な通貨政策を取る時に、①為替相場の安定、②金融政策の独立性、③自由な資本移動、の3つのうち、必ずどれか一つをあきらめなければならないというものです。

①の為替安定をあきらめたのが、今日のほとんどの先進国です。独自の金融政策をとれば必ず内外の金利差が生まれます。この時資本移動が自由ならば、そこに金利差を狙った資本流出入が起こります。どうしても為替相場の変動は起きてしまうのです。

②の金融政策の独立性をあきらめたのがユーロ圏内の国や香港です。自由な資本移動を許しながら為替相場を固定するには、金利差があってはなりません。独自の金融政策をとってはならないのです。このためユーロ圏内の国は、域内金融政策は欧州中央銀行に一任しています。香港の金融政策は米国に追随しています。

③の自由な資本移動をあきらめているのが中国です。為替相場の乱高下は避けたい、でも国内の金融政策の独立性は守りたい。そのために資本移動をある程度制限しなければならないのです。
特別な事情がない限り、経済や金融が成熟した国は、①の為替相場安定の放棄にたどり着きます。それは、短期的な相場の乱高下は、不透明性を高め企業のセンチメントに悪影響を及ぼします。しかし、中長期的に見れば、相場の変動は、各国間のインフレ格差や生産性格差などの実態を反映した均衡点を目指すものだからです。

公益財団法人国際通貨研究所HP

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