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ママとぼうや

 還暦を迎えた21歳上の夫は、夜遅くに飲食店の仕事から帰ってくる。朝起きるのも早いため、常に寝不足だ。
真面目で寡黙だがお茶目な面もあり、オシャレでスタイルも良く、あまり年齢差を感じさせない夫。私と同じくギターが弾ける点も嬉しい。
そして何よりも、私の求める形で接してくれるのでとても助かる。

新しいママと誘拐されたぼうや。
人買いマダムと靴磨きの少年。
ヘルパーと山下正治さん。
ヤクザの女とヤクザ。
患者とコッペンハウザー先生。
酔っぱらいのおじさんと、なだめる人。
お客とグラス屋。
インコのピーちゃんと飼い主。
飼い主とゴールデンレトリバーのゴル。

私と夫は様々な役柄で毎日を過ごす。特に最初に書いた二つは設定がとても細かい。


 新しいママと誘拐されたぼうや。
これは、スイミングスクールに向かう男児を、私がバス停で誘拐してきたのが前提となっている。

新しいママとなった私は、ぼうやの好きな料理を作ったりバレエ教室に通わせるなど、愛情を注いで育てるのだが、時に怖いママになってぼうやを怯えさせる。

そして夜が来ると、眠っているぼうやの陰嚢を自由に弄ぶ。ライトで照らし、触り心地を楽しみ、額や頬に当てながら匂いを嗅いだり、写真や動画を撮ったり。
じつはぼうやは起きていて、全てわかった上で陰嚢を捧げている。天井の節を数えて行為が終わるのを待っているのだった。

 人買いマダムと少年。
時代背景は終戦直後、場所は上野だ。
少年はガード下で靴磨きの仕事をしながら、病気の母親の薬代を稼いでいた。
マダムは少年に「もっとお金になる仕事があるわよ」と近付き、チョコレートやケーキで誘惑して連れ去ると、性サービス店に売り飛ばしてしまう。

少年の仕事は、風呂場で全裸になって女性客の体を洗ったり、温泉宿でダンスを踊ること。少年は初々しさと絶妙な動きで客の心をキャッチして、たちまち売れっ子になる。

毛皮屋、グラス屋、ランプ屋などの店主達も、少年にジュースをくれたり本を見せてくれたりと優しく接してくれていた。それを励みに少年は仕事を頑張るのだが、少年の売上のほとんどは店側に搾取されている。
不憫に思ったマダムは少年を連れて海外に逃亡する事を考えるのだった。

 これらのロールプレイはとても楽しいコミュニケーションであると同時に、いつからか心理療法としての効果が期待できるようになった。人格解離とは違い、自ら役柄を演じることでアイデンティティーが確立されるのだ。

様々な感情を即興芝居の中で無意識のうちに再現、または表現することにより、各人格の持つ傷が少しずつ修復されていくような気もする。
平和な時間が保たれ、夫と仲が良いという絶対的な安心感が全てを癒しているのは確かである。


 夫とは私の精神状態がだいぶ落ち着いている時期に出会った。昼夜仕事をしていてそれなりに身なりも小綺麗にしていたので、きっとまともに見えたと思う。
将来こんなに日常を掻き乱されることになるとは思ってもいなかっただろう。重度のリウマチになってしまったのも、莫大なストレスが原因だと思う。

本当はあの頃、自分の葬式代と死ぬ前の旅費を稼ぐために働いていた。お金が貯まったらすぐに日本を出る予定だった。
そして、死ぬといっても暗さは全く無く、とことん爽やかで希望に溢れたものだった。私にとって死は海外旅行と同じだった。

マイナスのエネルギーというものは凄いのだ。復讐心のみで生きていた時期には、復讐を実行した後もまだ足りないまだ足りないと新たな炎が私を突き動かした。
思えばずっとそんな人生だった。