電子書籍時代の本屋の生き残り戦略

◉外国の書店での事例ですが、とてもとても興味深い記事が、GIGAZINEにアップされていましたので、備忘録も兼ねて紹介します。Amazonと電子書籍の台頭に危機感を持ち、一度は電子書籍に舵を切ったけれど失敗した書店グループが、どうやって売上を回復させたか……という事例です。ちょうどAmazonで、印刷書式を一冊から販売できるプリント・オン・デマンド(POD)のサービスが始まった現在、印刷書籍の可能性も考えたいですから。

【電子書籍で失敗しAmazonに惨敗した老舗書店チェーンがリアル書店で売上を好転させた方法】GIGAZINE

Amazonの台頭により、かつて書店でしか手に入らなかった「本」は自宅にいながら購入できるようになりました。街中に店舗を構える書店が軒並み縮小していくなか、昔ながらの本屋であるバーンズ&ノーブルが再び成長を遂げています。バーンズ&ノーブルがどのような戦略を採ったのかについて、大衆文化ライターのテッド・ジョイア氏が明らかにしています。
(中略)、
ドーント氏がウォーターストーンズで行った最も驚くべき戦略は「出版社から宣伝費をもらわない」ということ。一度お金を受け取れば常に店内の最も目立つ場所に宣伝用の本を積み上げなければならないという「悪魔の契約」をドーント氏は拒否し、最高の本をショーウィンドウに並べようとしたのです。さらに驚くべきことに、ドーント氏はその決定を店の従業員に任せたそうです。これについてドーント氏は「スタッフが自分の店をコントロールすることで、仕事をもっと楽しんでくれることを願っています」と説明していました。

https://gigazine.net/news/20230105-barnes-and-nobles-turnaround/

ヘッダーはnoteのフォトギャラリーより、本棚の写真です。雰囲気があっていいですね。

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■ピンチはチャンスの逆説■

自分は、電子書籍の可能性に未来を見ていますが、別に紙の本が嫌いというわけではないです。むしろ、紙の本が好きすぎて、日本文学科を卒業し、出版社に入社し、編集者になり、ついには作家になってしまったような人間ですから。長谷川幸延の小説『冠婚葬祭』ではないですが、紙の本の文化が失われるのを、むしろ惜しむ立場の人間です。だからAmazonによるPODサービス開始に、狂喜乱舞した人間でもあります。

しかし同時に、Appel社のスティーブ・ジョブズCEOが「これからはノート型パソコンの時代だ」と予言しながら、同時にデスクトップ型パソコンである iMac の売り上げを伸ばし、北米で大きなシェアを占めた事例もリアルタイムで知る者です。「今これが流行りだ!」という声に踊らされて、自分の本業を見失う人間についても、このnoteでは何度か取り上げています。興味がある方はぜひ、下記のnoteをご一読くださいm(_ _)m

■再販制度と買取制度■

そもそも日本とアメリカなどでは、出版のシステムが違う部分があります。日本では再販制度があり、紙の本はほとんどが出版社から取次会社を経て、全国の書店に配本されます。売れなかった本は、一定期間で出版社に返本となるので、書店側にはダメージが少ないという制度です。逆にアメリカなどでは、本は書店の買取です。本が売れなかった場合、その損は書店側が被る形になります。

再販制度でリスクが低くて利益も低いか、買取制度でリスクが高くて利益も高いか。どっちかです。一見すると再販制度は、書店に優しい制度に見えます。実際に、日本とアメリカを比較すると出版点数の数は日本の方が遥かに多いです。アメリカでは損を恐れる書店に売れ線の企画の本が持て囃され、少部数のマイナーなジャンルの本が出づらいという状況があります。その意味では出版文化の多様性に、取次制度が貢献してる面は確かにあります。いや、ありました。

■書店を甘やかす再販制度■

ところがこの制度、大手出版社にはとても有利な制度となってしまっている面があります。取次会社は多くが、大手の出版社群が株を持っていますから。鍋島雅治先生がまだ、小池一夫先生の出版社であるスタジオシップの、営業や編集者をやられていた時代。取次会社に営業に行っても、けんもほろろの対応で。逆に大手出版社の営業にはコメツキバッタのようにペコペコしていたとか。書店の側も、その優しい構造によりかかってしまい、取次会社が送ってくる本を漫然と本棚に並べて売る。

そうなってしまうと書店に熱量はなくなり、どこの書店に行っても似たようなラインナップということになってしまいます。もっともこれは大都会の話で、田舎の小さな書店はもっと酷く、売れ線の本しかありません。書店員が本好きで良い本を勧めても、それを買ってくれる人は圧倒的に少なくて。本は利益が薄いので、高価な専門書でも数百円の儲けにしかならないことも。

■本作りの原点へ回帰■

上記リンク先の書店の事例も、都会の大きな書店の限定ではあります。しかし、「宣伝費を払ってくれる出版社が押し付ける本ではなく、読者が読みたくなるような本を揃える」という店員の熱量が大事。こんな当たり前のことが、見過ごされてきたわけです。書店が読者の方を向かずに、スポンサーや出版社の方だけ見ていたら、それは読者に見放されて当然ですよね? 読者のため本を売る。ここにしか、書店再生する可能性はないようにも思えます。

例えばTBSラジオなどは、リスナーの方ではなくスポンサーの方ばかり向いているわけです。しかも社長自身が。比較的スポンサー料を出してくれやすい音楽業界に媚びて、自社をFMラジオのようにしたいようなのですが……。そもそもTBSラジオは営業が駄目で、聴取率が良くてもニッポン放送文化放送より、良いスポンサーがつかない問題があります。しかし、スポンサーから広告料をもらって運営するという、テレビやラジオの方式が、もう限界に来ている面もあります。

■再販制度破壊で利益向上■

面白い番組を作って、DVDやBDを販売したり、直接データをダウンロード販売したり、あるいは文化放送のように YouTubeを活用するなど、発想の転換がテレビやラジオには求められているんですけどね。TBSラジオはラジオクラウドのような有料販売のアプリはあるのに、宣伝用のPodcastを止めてしまう、チグハグさも見せます。会社が昔ながらの手法に固執して、新しい手法に保守的になってしまう。国が滅びる前兆と同じですね。

出版社と取次会社と書店の、三位一体のシステムは、確かにある時期までは有効でした。でも時代は変わりました。例えば電子書籍だと、かつての大ヒット作品も、何年か時間が経ってしまえば、売れなくなってしまいます。ところが、そんな本を期間限定で値段を半額とか、場合によっては80%割引などすると、かなりの売り上げになってしまうんですよね。再販制度が維持されたために、BOOKOFF によって中古市場が活況になってしまったように。

でも古本ではいくら売れても、出版社にも著者にも、恩恵はほとんどありませんから。しかし、電子書籍による再販制度の部分的破壊は、今や出版社に大きな利益をもたらしています。KADOKAWAグループとか年がら年中、電子書籍●パーセントオフのキャンペーンを、やっている印象ですからね。古本市場や海賊版に力を奪われるぐらいなら、値引きすることで大きな利益が生まれることは、もうハッキリとしているのですから。

■これからの出版とは■

電子書籍ならば、出版社に企画書段階で蹴られるようなニッチなジャンルの本であっても、個人で出版することが可能です。ここで出版の多様性が担保されるのであれば、もう再販制度自体の歴史的な役割はなくなってしまうでしょうね。いわんや、PODサービスまで始まってしまえば。もちろん現状では、AmazonのPODサービスで選択できる紙の本の種類は、かなり限られています。日本ではまだ、ハードカバーの本のPODサービスにも、対応していません。

しかしフルカラー印刷の本が、かなり簡単に出版できるというメリットがあります。これはカラーの漫画が当たり前のアメリカ文化を、そのまま持ち込んだ結果でしょう。また今後は、本を知り尽くした人間による、こだわりのある装丁の本は、愛蔵版などで需要があると、自分は考えます。なのでこれからの出版はまずリスクの少ない電子書籍で販売され、POD版の売上によって、少部数の愛蔵版を出版社が発売するという形に、棲み分けていくでしょう。

■紙の本は…滅びないが…■

出版社のリスクを軽減しつつ、出版される本の多様性を守ろうと思ったら、たぶんその選択肢しかないでしょうね。そして、個人出版がここまで簡単にできるようになるなら、高学歴でも無能な編集者というのはどんどん淘汰されていくでしょう。読者の厳しい審美眼に耐えて、結果を叩き出した編集者が、その価値を発揮するでしょう。何しろ今は、編集者個人がパソコン一台で出版社を持てる、そんな時代ですから。自分はそちらに期待です。

マガジンハウスの平凡が廃刊したのは、出版不況が原因ではなく。むしろバブル前の景気が、とても良かった時期なんですよね。マガジンハウスは広告収入の実入りの良さに、手間暇の割に利益が薄いアイドル雑誌から、撤退しました。TBSラジオのように。でもバブル崩壊で広告収入は激減。結局、利幅は薄くても堅実に売れるアイドル雑誌は、ライバル誌の明星が生き残った訳で。愚かな判断って、時代が変わっても似ているでしょ?

読者の襟首を掴んでこの本を読めという姿勢は、作り手の側に経験と蓄積と確信があるのなら、むしろ本作りに必要な姿勢だと自分は思っています。どっとはらい( ´ ▽ ` )ノ

売文業者に投げ銭をしてみたい方は、ぜひどうぞ( ´ ▽ ` )ノ