見出し画像

焼き満月

目を覚ますと、外気は気持ちの良いくらいひんやりとしていて、窓の外では、やはり雪が降っていた。ベットから両足を少しずつ出して、昨日寝る前に脱いだはずのスリッパを探したのだけれど、なかなか見つからない。意を決してフローリングの床に降りると、冷たすぎて一気に目が覚めた。すぐに靴下を履いて、紺色のカーディガンを羽織る。自分の息が白く色づいていることに気づき、マッチを擦ってストーブに火を灯した。手をさすりながらベランダに出ると、真っ白い雪が朝日を乱反射させて、外は光で溢れていた。思わず目を細め、痛いくらい冷たい空気を肺いっぱいに吸い込むと、もう頭の中はスッキリとすがすがしい気分だった。昨晩ベランダに出しておいた満月を発泡スチロールの中から1つ取り出すと、ガラスのように冷ややかで、指先の温度を奪っていく。けれど、同時に愛情を感じてしまうほどの、暖かい光を放っていた。キッチンヘ戻り、満月を少しだけくり抜いて、その中にメイプルシロップをなみなみと注ぎ込む。溢れ出さないように、バターでしっかり蓋をしてから、そのままアルミホイルに優しく包み込んで、水の入ったヤカンと一緒にストーブの上に静かに置いた。念入りに歯を磨き、丁寧に顔を洗って、朝の挨拶をしながら金魚に餌をあげる。終わる頃にはヤカンの水がお湯に変わっていて、それでコーヒーを入れる。1杯目を飲み干す頃には、焼き満月が出来上がる。2杯目のコーヒーを飲みながら、焼き満月をお皿に取り出し、ナイフで切り取ると、とろける満月がメイプルシロップとバターに絡み合い、ひっくり返した宝石箱のような輝きを放っていた。それをフォークで口に含むと、痺れるほどの甘さが口を駆け巡り、後を追うように現れる満月の優しい酸味が、ちっとも舌をもたれさせない。あまりの美味しさに、自分のほっぺもとろけてしまうのでは、と思わず自分の頬を押さえてから、そんなわけない、そう我に帰り笑ってしまった。あっという間に焼き満月を食べ終えて、使った食器を洗い、きちんと棚にしまう。部屋干ししていた洗濯物を、きちんと畳む。きっちりと全てのことが無駄なく過ぎてゆく朝の時間。私は幸福を感じている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?