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《土木文学》「戊辰鳥 後を濁さず」第36話

四月二十日(土)

 今日は札幌戦だ。

 いつもはゴールに近いちょっとだけリッチな席で見ているが、今日は、これから宿泊するお客様をもてなすんだからと、メインスタンドの一番リッチな席での観戦だ。

 リッチと言っても、収容人数が一万五千人程度のスタジアムだ。いつもより角度的には見やすくなったが、高さ的には陸上のトラックもあるしで、遠路はるばるいらしたお客様には悪い気がする。試合が始まっても、席はまばらと言えばまばらだし、観客数から考えてもこの程度がちょうどいいとも言えるが、あの熱狂をリアルタイムで体験した人間から言わせると、やはりどこか寂しい。

 説明不要の元日本代表キャプテンが、我がチームからイタリアへ海外挑戦を始めた頃。チームは彼の躍進とは反対に、親会社であった建設会社と胸スポンサーであった通信会社の相次ぐ撤退を受けた。財政はギュッと縮小し、チームは程なくしてJ2降格という苦渋を味わった。その後、カリスマ監督による「湘南スタイル」の確立によりなんとかJ1に持ち直すも、そこで輩出され、今や世界的なプレイヤーとなった現日本代表キャプテンなどは、芽が出れば他のチームへと移籍していき、カリスマ監督自身も不祥事でチームを去ることとなった。それからはJ1にこそいるものの低空飛行が続いている。

 何が変わればこの状況を変えられるのか。そもそもゴールはなんなのか。それに向かって全ての歯車が一斉に動き出さなければならない。そんな難しさがある。

 お客様が、となりで歓声を上げる。
 札幌のタイ人選手が惜しいシュートを放った。

 四月十三日から十五日は、タイの正月である。少し時期をずらして長期の旅行に来ているのだろうタイ人カップルはこの後、チェックインし、明日はついでにゾウ山に行くらしい。
 宿泊期間中は民泊の駆けつけ要件というやつで、私は家から一時間以上かかる場所にはいけないため、モグラがゾウ山案内をすることになった。

 依頼したら、「先導師せんどうしだな。」と元気になった。

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