《土木文学》「戊辰鳥 後を濁さず」第9話
三月二十三日(土)
ゾウ山に雲がかかると雨が降る。
ここら一帯の農家はその日の天候を判断するときに、市の北西に位置する山の様子を参考にする。相模湾で温められた空気はカピバラ市の平野を通過して、丹沢山地の入り口にあたるゾウ山にぶつかる。標高は1251m。そこで一気に上昇した空気は、冷やされて雲に変わる。ゾウ山の別名は雨降山と言われ、大昔には雨乞いが行われていた記録が残っているなど、雨の多い場所だ。
ゾウ山にかかるほど雲が発達すれば、二、三時間で平野にも雨が降り始める。
雨が降りそうだと伝えると、ジンベエザメは中和装置を取り付けた水槽に雨が入らないよう鉄パイプとビニールシートで覆いをしてくれた。
ジンベエザメがいてくれて助かるが、もう予定の一週間を過ぎている。いつまでいてくれるのだろう。なかなか切り出せずにいたら、作業を終えたジンベエザメから提案があった。
「当面、事態が落ち着くまで母屋に住まわせてくれないか。」と。
部屋はある。元々、祖父母と両親、妹二人と自分の七人で住んでいた家だ。祖母は一昨年に他界し、祖父と両親は、母屋の一段上がった砂利の駐車場にバリアフリーが行き届いた平屋の新居を建て、そこに引っ越した。妹二人は結婚し子供ができたため、一人は都内のマンションに、もう一人は県内に一軒家を建て住んでいる。
残された自分には広すぎる家で、部屋は一階に一部屋、二階に三部屋も余っている。
ジンベエザメは、こう続けた。
「隣町でやっている新東名高速道路の秦野区間の工事を新たに受注したんだ。社員たちの出張宿泊費は元請けから出るが自分の費用は賄えないので助かる。」と。
イグアナ地区のぬるま湯対策工事は、新東名の付帯工事となったようだ。開通まであと三年。工事は最盛期のようだが、それよりも急ピッチで進捗してもらわなければ困る。
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