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小さなベンチャーで働くということ

昨年の1月から12月までの1年間、正社員数が15名の小さなベンチャー企業で働いた。経営企画室の室長代理という肩書きで社長の傍でせっせと。最後の方はもう社長と向き合って働くという状態では決してなかったけれど、それでもなんとか1年間そこに居続けた。

ベンチャーもしくはスタートアップ企業というのはその企業の数だけ、独自のあり方というものが存在するような気がしていて、これから書くことはそういう意味ではあまり普遍的な内容にはならないかもしれない。

それでも書いておこうと思うのは、それだけ自分の中で学んだことが多かったからだ。これから小さなベンチャー企業で働こうと考えている人の参考になれば嬉しい限りである。

やりたいことではなくて、やるべきことをやるしかない

小さなベンチャー企業で働く理由は様々だから特にそれについては言及しない。けれど、小さなベンチャーで働くと、たとえどんな肩書きで入社したとしても宿命的に誰もが何でも屋さんになるしかない。

理由はとてもシンプルで、単に人が足りないから。会社という存在であろうとするからには、どんな規模の会社であっても基本的な機能は同じでければいけない。それは例えばちゃんとした住所と電話番号で登記してあることだってそうだし、税務署の監査に耐えうる会計処理をしていること、商標やら特許を取得すること、お客さんと交渉すること、そしてデスクと椅子を用意することまで全てが、会社として存在するからには必要となる。

そしてもちろん会社として収益を上げるためのプロダクト、もしくはサービスを作り上げなくてはならない。数百人規模の会社になればいざ知らず、これをたった15人程度の会社で回すことを考えてみてほしい。全ての社員が多かれ少なかれ何でも屋さんになるしかない。

だからベンチャーに入れば裁量権を持って働けるというのは、もちろん嘘ではないけれど、それが必ずしも自分がやりたい仕事であるかどうかは分からない。というよりも全員がかなりの熱量をもって「何でもやる」ぐらいの勢いがないと15人ぐらいのベンチャーは厳しいのが現実だと思っている。

個人的な体験としては、まずITエンジニアを志望して入社したものの何故か経営企画室に入れられて、最初に任されたのが評価基準の作成と社員旅行の手配。同時に自社製品の構築やら検証やらでLinuxサーバと対峙しつつ、製品のマーケティングの一旦として営業資料の刷新。さらには何故か採用面接までを入社3ヶ月ぐらいの間で全部やった。

ただの社員旅行を社員研修に組み替えてプログラムを作ったり、営業資料を刷新して新規案件を勝ち取ったりしている内に、ITエンジニア志望だった自分は知らぬ間に経営企画室室長代理になっていた。

社長の意思は絶対という真実

タイトルだけ見ると専制君主的なあり方を想像してしまうかもしれない。でもあえて言おう。実際にそうだ。小さなベンチャーの場合会社の方向性のほとんど全てが社長の意思で決まるし、その意思に納得できない場合は社員が会社を去るしかない。

"風通し"という言葉がよく聞かれるけれど、自分の意見が社長にまで届きやすいという意味ではそれはもちろん15人のベンチャーの方が数百数千の会社よりもはるかに良い。社長は自分の意見に直に耳を傾けてくれるし、必要であればその意見を採用してもらえることもある。

でも最終的に意思決定するのは誰かといえばそれは間違いなく社長であり、全ての意見が採用されるわけではない。要するに自分のやりたいように全てがやらせてもらえるなんてことはありえないということになる。

それでもやっぱり「社員がやりたいように自由にやらせてくれる会社」と「社員は社長の意思決定に沿って働く会社」どちらが良いと尋ねれば恐らく前者を選ぶ人が多いのではないかと思う。しかし、これを例えばサッカーのチームで考えて「選手がやりたいように自由にプレーしているチーム」と「選手が監督の指示に沿ってプレーするチーム」どちらが強そうですかと言われると大体半分以上の人は後者を選ぶんじゃないかと思う。

要するに会社というのはサッカーチームと同じで社長(監督)が思い描いたビジョン(戦術)を社員がどれだけ着実に達成できるのかにその成功がかかっている。もちろん自分が社員であれば好き勝手やれた方が楽しいと思うし、自分もできることならそうしていたい。でも会社として成功するためには、僕ら社員は社長の意思を最大限のパフォーマンスで実現する必要がある。

ただしベンチャー企業は社員ができる限りのパフォーマンスでそれを達成したとしても成功するわけではない。だってそもそものビジョンや意思決定が間違っている可能性があるのだから。もちろんその場合の上手くいかない責任は全て社長にある。ただサッカーチームの場合は監督が解任されるだけで選手は無事だけれど、ベンチャーの場合は死なば諸共ということになる。だから誰に着いていくのかが本当に大事になる。

その社長を何がなんでも支えたいと思えるか

会社は社長の意思で決まる。小さなベンチャーの場合は特にそう。ではそこに社員としてジョインする場合に一番大事なことは何か。それはこの章のタイトルの通り「その社長を何がなんでも支えたいと思えるかどうか」だけではないかと思う。

まだ小さなベンチャー企業は人もお金も足りない。すべて社長と社員の熱意と頑張りでカバーしなくてはならない。そうした中で社員が社長に反発するようなこと自体が命とりになってしまう。それはもちろん議論をせずに全て従えとかそういうことではなくて、議論とかそう言う過程を経て一度決まったことは100%自分で消化して実行できないと誰も幸せにならないということである。

ただ考えてみれば、現実の世界において絶対に正しいことなんて驚くほど少ない。だから社長の意思決定が正しいのかなんて正直本人にすら分からない。でも会社としてはそういうものを絶対だと信じて進まなければならない。だからこそ、その社長のビジョンや人柄、なんでも良いけれどそういうものに心から共感して「何がなんでもこの人が成し遂げることを支えたい」と思えなければそのベンチャーで働くのはやめた方が良い。

だって必ずどこかで社長の意思決定に疑問を持つことがあるし、その場合とにかく支えるという気持ちがなければ社長への反発に繋がってしまう。そして一度そうなるとその会社にとって良い仕事はできないし、最終的には去るしかない。会社はその社長のビジョンを達成するためにあるのだから。

経験が無くても新しい役職にチャレンジさせてもらえるとか、その分野が今後アツいからとかそういう理由だけで、そのベンチャーに入るのだけはやめた方が良い。それは会社にとっても個人にとっても幸せな結果にはあまり繋がらない。

ただそんなことを理解した上で入る会社を選ぶ人なんてそういない。だからベンチャーは社員の入れ替わりがウルトラ激しい。

社員は煙のようにいなくなる

そう、ベンチャーでは社員が煙のように消える。僕が入社して3ヶ月でまずサービス全体を見ていた部長がいなくなった。しかも突然、文字通り煙のように。それから僕より少しまえに入社した同い年ぐらいのエンジニアが辞め、極め付けは経理と総務を一人で担当していた女の子がなんの前触れもなくある日来なくなった。

余談だけれどこれにはかなり困った。会計ソフトが入ったPCのパスワードは彼女しか知らず...みたいな状態だったといえばその大変さがわかってもらえるだろうか。辞めた事情はかなり理解しつつも、心を鬼にして彼女の携帯に祈るような気持ちで電話をかけ続けた。やっと電話に出てくれた彼女に「事情はわかっている。会社には来なくて良いから、パスワードだけ教えてくれ」と言いながら自分も転職を決意した。

それからしばらくして僕が辞めて、その1ヶ月後にエンジニアが二人いなくなった。僕が居た1年間に会社の三分の一の社員が居なくなったことになる。人材の流動性を肌で感じるどころの騒ぎではない。

そしてこれらの退職は全て端的にいえば「もう二度とこの社長の顔は見たくない」という言葉でまとめられる。ここまで読んで思うかもしれない。それは単にその社長がヤバイ奴だったのではないかと。

それは確かに間違いない。ただし、そもそも社長になろうなんていう人間は必ずどこかのネジが飛んでいる。だってそうじゃないと起業した会社をずっと続けるなんてとてもできない。あなたは24時間365日一つのことを考え続けられますかと言われれば、普通の人は基本的にはNoだろう。でも一つだけYesという回答が返ってくる職種がある。それが社長である。

僕がいた会社でなぜこんなことが起きたのかと言えば、それはやっぱり社長のビジョンややりたいことに共感して社員が入社しているわけではなかったからだと思う。そんな状態で強烈な意思決定を目の前で下されてしまうと、結局はどうしようもなくなって辞めざる得ない。

あと一つだけ言っておくと、小さなベンチャー企業の社長のうちどれくらいの人がコンプラ意識を持っているかは定かではない。どういう意味かは想像にお任せする。

おわりに

どんな会社だって十数人の創設期は全てがダイナミックに変化するし、かなり苛烈な状況だと思う。そういうカオスの中を社員みんなで目標に向かって走り続けるのは、もちろん辛いかもしれないけれど、案外楽しい。

少なくとも自分はそういうことが好きだし、今は少し規模の大きな会社で隠居しているけれど、またやりたくなると思う。ベンチャーにはそういう中毒性がある。だから、基本的にベンチャーで働きたいという人を応援している。

ただし、ちゃんと理解すべきことを理解せずにそのカオスに飛び込んでしまうと、単純に飲み込まれて終わってしまう可能性も十分にある。

「人に優しい」から対角線を引くとベンチャー企業になる。

この記事を読んでそう言う人が一人でも減ることを、あとは日本のベンチャーもしくはスタートアップ企業がこれからさらに盛り上がり発展していくことを願っています。

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