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サービス化する社会

サービスと言われるとディズニーランドみたいなサービス業がまず思い浮かんでしまうから、SaaS(Software as a Service)という言葉の意味が初めのうちはよく分からなかった。ソフトウェアとサービスが僕の中ではどうしても交わってくれない。だからとりあえずクラウド上で動くものは全てas a Serviceと乱暴に自分の中で整理してそれ以上考えないことにしていた。

でもそれからしばらくしてMaaS(Mobility as a Service)という言葉が存在し、しかもあのトヨタが真剣に取り組んでいることを知って、この「とりあえずクラウドはas a Service」という認識を改めざるを得なくなった。だって「我々の車はクラウド上で走ります。」なんて豊田章男社長が言おうものなら、twitterが大喜利祭りになる未来しか見えない。

そこでas a Serviceとはそもそもなんぞやという疑問に立ち返ることになる。

ITやクラウドがas a serviceの周囲をブンブン周回していることはなんとなくわかるのだけれども、じゃあ車がサービス化する未来とはなんだろうと具体的に考え始めると、複雑怪奇な数式を目の前にした時と同じぐらいには思考が止まった。

そんな状態だったけれど、しばらくIaaS(Infrastructure as a Service)の業界に身を置いたこともあってas a serviceとはなんぞやが徐々にわかってきた。横文字だらけになってしまうのはIT系の性ではあるものの、流石に雰囲気で言葉を使いすぎていることを反省しつつ一回ここでまとめておこうと思う。

サービスとしてのソフトウェア

まずサービスという言葉の定義をWikipediaで調べてみた。

サービス(英: service)あるいは用役(ようえき)、役務(えきむ)とは、経済用語において、売買した後にモノが残らず、効用や満足などを提供する、形のない財のことである。
wikipediaより

「効用や満足を提供する、形のない財」とはつまり買ったけれども、モノが手元に残らない類のものである。ディズニーランドは確かにモノを買いに行くというよりは、みんなでプライスレスな体験を楽しもうぜ的な場所だから、効用や満足が提供されているといわれてもあまり違和感がない。

じゃあソフトウェアはどうかというと、例えばみんな大好きマイクロソフトのオフィスソフトは、昔は店頭でパッケージを買って、ディスクからPCにインストールしてそれをそのまま何年も使っていた。これは形のない財というよりもパッケージというモノを買っていたことになるからサービスという定義からは外れる。

しかし、それが今ではOffice365(Microsoft365に名前が変わるらしいよ)になって、パッケージではなくてWebからソフトをダウンロードして使用する形に変わった。これは形のない財、つまりサービスであると、やや乱暴だけれど言うことができる。

そして僕らはマイクロソフトからパッケージを買っているのではなく、あくまでもエクセルだとかパワポといったオフィスソフトの効用を、払った対価として提供されていると理解できなくはない。

SaaSとはまずパッケージ(モノ)を販売しないソフトウェアと言える。

でもこうなるとパッケージが無ければ全てサービス、SaaSになってしまう。これは本当だろうか。スマホのアプリなんかでは数百円で便利なメモ帳などを買えるけれどあれもSaaSと呼んでしまってよいものなのか。

一定の期間だけ使える

ここでまたサービスについて考えてみたい。一枚のチケットで僕らがディズニーランドのサービスを楽しめるのはどれだけ頑張っても1日である。もちろん毎日楽しみたければ、毎日チケットを買えば良いし、年パスを買うという手もある。でもどんな手を使ったとしても1枚のチケットは1日以上のサービスを提供してくれないし、1枚の年パスは1年以上のサービスを約束してくれない。

つまりサービスには払った対価に対して提供される効用や満足に期限がある。

ではスマホの買い切りのアプリはどうかというと買い切りだからもちろんその使用に期限はない。スマホが壊れない限り、もしくはそのアプリをメンテナンスする人がいなくならない限り、一度買ったアプリは使用し続けることができる。だからサービスと言ってしまうのはやや難しい。

SaaSとはパッケージを販売せず、かつ一定の対価に対するその効用の提供に期間の定めがあるソフトウェアと言える。

そしてこの期間の定めというのが月額課金、サブスクリプションモデルと呼ばれる課金の体型を生み出した。使ったことがある人はわかると思うけれど、昔は3万円ぐらい払えば使い続けられたオフィスソフトがOffice365というSaaSに変わったことで、1年間で1万円という課金になった。これがサブスクリプションモデルである。

今では多くのソフトウェアがSaaS化しサブスクリプションモデルの課金を採用している。AdobeしかりDropboxしかりである。なぜならこのソフトウェアのSaaS化、サブスクリプションモデルの採用は企業にとって大きなメリットとなるからだ。

サブスクリプションモデルの功罪

これまでのソフトウェアはパッケージ型の売り切りモデルで、一度そのパッケージを買った顧客が次に新しいソフトに手を出すのは基本的に1年以上後、長いと3年以上同じソフトを使い続ける。つまりキャッシュが入ってくるサイクルが長い。

ただ長いと言っても家具や家電なんか10年以上使う場合もあるのだから、たかだが2,3年と思う人もいるかもしれない。しかし、ソフトウェアは売り切りと言っても、売ればそれで終わりになる訳ではなく、常にバグの改修や新しいOSへの対応など、メンテナンスが必須になる。

売ってそこで終わりではなく、売ってからもずっとメンテナンスの費用がかかり続けるのだ。

キャッシュは一回しか入ってこないのにも関わらず、コストだけが延々とかさんでいくため、ソフトウェア販売はかなりの体力勝負だ。いかにこのソフトウェア購入のサイクルを短くするかに天下のマイクロソフトも悩むことになる。

また、重大なバグが見つかってすぐにそれを改修したとしても、そのアップデートを行うのはユーザー自身であるため、全てのユーザーがすぐにアップデートをしてくれるわけではない。どんなにセキュリティ的な脅威が迫っていようとユーザーが放置してしまえば、どうにもならない。

こういったジレンマをサブスクリプションモデルを採用したSaaSであれば全て解決できる。年単位、もしくは月単位で課金することで一定のキャッシュがずっと入り続ける。

またアップデートはSaaSにおいてはインターネットに接続していることが前提となるため、企業が自動で更新をかけることができるようになった。

これによって企業の収支は飛躍的に改善し、かつユーザーにとって有益なソフトウェアのアップデートを即座にかけることができるようになった。例えばAdobeは2016年から本格的にサブスクリプションモデルを採用し2015年に約48億ドルだった売り上げが、2019年度には110億ドルを超えた。

もちろん月単位、年単位の課金になるためユーザーが一回に支払う金額はパッケージよりははるかに少ない。途中で気軽やめられるため、ユーザーが他へ移ってしまうリスクもある。そしてユーザーからすれば使い続ければその分安くなるパッケージの方が最終的には割安感があって、同じ金額を払い続けなければいけないサブスクは見劣りするかもしれない。

それでもサブスクリプションモデルを採用する企業は減らないし、成功した企業では売上を大きく伸ばす結果になっている。それはそもそもデメリットよりもメリットの方が企業にとっては大きく、またデメリットを補うための努力を各企業が行なっているからだろう。

サブスクリプションモデルのデメリットを打ち消すためには、具体的に企業はユーザーが毎月お金を払ってでも使い続けたいと思うサービスを開発しなければならない。

単純にマーケティング活動に力を入れてもユーザーが使い続けたいと思わなければサブスクではユーザーが逃げてしまう。

最近UI・UXという言葉がよく聞かれるのは、各企業の目線がよりユーザーに向くようになった結果であり、それにはこのSaaS、サブスクリプションモデルが大きく寄与していると言えるかもしれない。

また、UIなどの変更を売ってしまったパッケージソフトで行うことはかなり難しいが、SaaSなら即座に反映することも可能で、そういう意味でユーザーにとって有益となる改善をどれだけの頻度で行うことができるのかも、サブスクモデル生き残る一つの大事な指標となっている。

as a Service化する社会

というわけでまとめるとSaaSとはパッケージというモノを売るのではなく、その効用を販売し、かつ一定の対価に対して期間の定めがあり、サブスクリプション型の課金体系を基本的には採用するソフトウェアということになる。ソフトウェアとサービスがなんとか交わってくれただろうか。

冒頭でも話した通り、as a Serviceはソフトウェアに限った話ではない。車も所有ではなくその効用、つまり移動に焦点をあてたサービスとなればas a Servvice(Mobility as a Service)となる。

他にも音楽はすでにCDの所有から、spotifyなどのストリーミング、つまり視聴という効用を提供するサービス化を果たしているし、Netflixなんかもコンテンツの所有から観賞という効用を提供するサービスと考えることができる。

もちろん全てのものがas a service化するわけではないけれど、所有からそのモノの効用を上手にユーザーに体験させてあげることができるのであれば、as a Service化してもおかしくないものは世の中に溢れているだろう。

僕らが今見ている世界は3ヶ月前とは驚くほど違う。as a Service化を加速させていた社会が今後どんな風に変わるのか、その世界を想像するのは少しだけワクワクする。

景気の後退やら失業やらどうしても暗い未来を想像してしまいがちだけれど、こんな時だからこそ時代の変化に合わせた明るい未来を想像してそれに向けて行動したいと密かに思っている。

参考文献
ソフトウェア・ファースト あらゆるビジネスを一変させる最強戦略
及川卓也 日経BP社 2019年

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