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[修行日記⑥] 山門

 古参和尚さんの後ろを濡れた草鞋で歩いて行きます。雪を踏みしめる「ギュッ、ギュッ」という音しか聞こえません。しばらく進んでいくと古参和尚さんが「ここに一列に並びなさい。」と言いました。どうやら山門に到着したようです。8人が横一列に並ぶと次に「一人ずつ、木版(もっぱん)※1を三打しなさい。」と言われ一番の私から順に三打していきます。「コーン、コーン、コーン」と木版を三打することで 暫到和尚(ざんとうおしょう)※2が山門に到着したことを永平寺の山内に知らせるのです。古参和尚さんは「迎えが来るまでこのまま待ちなさい。」と言い残し地蔵院に戻っていきました。

 ぐちゃぐちゃに濡れた足袋と草鞋は氷のように足を冷やし、雪混じりの風が着物の裾や袖から吹き込むと体がガタガタと震えはじめました。伽藍の奥のほうからは鐘や太鼓の音と大きな声が聞こえてきます・・・これ以降は冷たさ・寒さ・緊張で意識が朦朧としていたようで断片的な記憶しか残っていません。ただ一つ印象に残っているのは 回廊清掃(かいろうせいそう)※3をしている古参和尚さんたちの体からもうもうと湯気が立っていた光景です。冷たい水の入ったバケツで雑巾を絞り、素足で長い廊下を雑巾がけしながら駆け抜けていきます。指導係の和尚さんから指示があると全員が大きな声で「はいっ!!」と返事をしますが、一瞬も動きが止まる様子がありませんでした。

 回廊清掃が終わり静寂が戻った山門に客行(かあん)※4和尚さんがやっと迎えに来てくれました。「木版を鳴らしたのは君達か?何をしに来た?」と問われ「道元禅師のお膝元、報恩修行に参りました!!!」とまずは失敗せずに答えることができました。8人が答え終わったのですが客行和尚さんはまだ覚悟ができていないと感じたのか山門から去っていきました。

  山門に立ってから1時間半程過ぎたころ再び客行和尚さんがきて「草鞋と足袋を脱いで山門に上がりなさい。」といいました。上山の許しがでたのです。その時私はこの寒さ冷たさから逃れられると少しほっとしたのを覚えています。しかし桶に入ったお湯で冷えきって感覚のない足を洗うと、「これ熱湯じゃないか!?」と思うほどの激痛を感じたのです。これからの修行はそう甘くはないぞと諭されたような瞬間でした。このあと 旦過寮(たんがりょう)※5に入るのですがここで一発目の失敗をやらかすのでした。(第七回に続く)


※1 山門や各所にある鳴らし物 絵馬のような形の木の板(幅約40㎝厚さ約6㎝)
※2 見習い中の修行僧
※3 永平寺の伽藍を結ぶ長い回廊を20分程で拭き上げる
※4 暫到和尚の教育係のリーダー(当時一番怖い存在、後にとても優しい方と知る)
※5 約一週間、僧堂に入るまで作法を叩き込まれるところ

本山での規則、指導内容は当時のものです。


齊藤崇広
平成2年新庄市生まれ。曹洞宗大本山永平寺での修行を経て、現在は横浜の寳袋寺で納所中。

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