ここがどこかわかる という事
自分がいる場所をわかっているということ
自分がどこからきて
どこに向かっていて
今はどの段階にあるのかを
わかっているかどうか
自分の今の場所を確認する事は大切だと思った
たとえば
自分にはわからないことがこんなにあるんだ という事を経験すると
まず、そこに旗が立つ
現在地だ
これはつまり、分からないことが何なのか分かった段階に立ったわけだ
この現在地を良い悪いでジャッジせずに
そのまま受け入れられないと
次に進めない
ところが
私はこんなこともわからないのか
もっとわからないことは世の中にたくさんあるはずだ
私なんて今迄こんなこともわからず生活をしてきたわけで
本当にぼーっと生きてきてしまった 恥ずかしい
と自分を責めてしまいがち
これはこんなことも知らなかった自分が恥ずかしくて落ち込んでいるということで
つまり
こんなこと皆んなは知っていて当たり前なのに。。
私としたことが
私はもっと知っていないといけない
私はもっとできてたはずだ
と
自分から自分への評価が辛辣な事に気づく
私は私にそんなにも「期待」をしていたわけだ
ただ知らないことを知れたという喜びに浸れないのは悲しい
昨日までの私は知らなかったことを
今日の私は知ることができた
それだけで私にとって価値がある出来事なのに
この出来事を純粋に喜べないなんて私はなんて可哀想なんだろう
知っていて当然とか
これくらい当たり前とか
男だったらできて然るべきとか
大人なのにこんなこともできないのかとか
今迄私が世界をどう見て
どう解釈していたのかが一気に浮き彫りになる
全部自分勝手に自分が見ていた世界だ
自分で投影した世界だ
知らないことは恥ではないじゃないか
知ろうとしないことの方が
私にとって善くないことだ
これから知ろうとしている
もっと知りたい
という現在地を恥じることはない
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