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傷を愛せるか

入院中に何冊か本を読んだ。ツン読の山から適当に持ってきてと、夫に頼んで持ってきてもらった中の一冊がこの本だった。
『傷を愛せるか』
自分に問いかけられているようなタイトル。気になって買って、読みながら辛くなって放置していた。
静かな時間がたっぷりある入院中に読めたのは良かった。
「傷を愛せるか」と問われたら、今はまだ難しい。でも、「傷と共にある」ことはできる。傷からは逃れられないけれど、傷痕を撫でながら、「こんなこともあったけど、ちゃんと生きてきたし、今もちゃんと生きているんだよ」と言うことはできる。

幼い頃に親にザックリと切られ、傷つけられた心。そのことが露見し、直視せざるを得なくなった結婚前。当時、怒りや嘆きの中でもがいていた自分が思い出され、思わずベッドの中で涙した。辛かったなあ。よくやっていたよなあ。
当時は過去に負った心の傷と向き合っていた。目を背けて我慢に我慢を重ねて、無かったことにしていた傷。傷は相当に膿んでいた。その傷を切開して膿を出し,再び縫い直すようなことをしていた。そうしないと結婚生活は破綻する,そう思っていたから。
「TOXIC PARENT」という言葉を知ったのはそんな頃だった。「毒親」と訳した人はたいしたものだと感心したのを憶えている。
母親は未だに不意打ちを喰らわしてくれるけれど、負けたりはしない。どんなに言葉の刃で切り付けられても、今の私は負けたりはしない。妙に冷静な自分がいる。
あの人は自分の心の余裕のなさを、私を痛めつけることで紛らわせていたんだね。誰かに「助けて」と乞う強さが無かったんだね。強がって外面だけは良くて何事もないように取り繕って。
中が歪むと外も歪んでくる。取り繕いようのない歪みはあなたの顔に出てますよ。
あぁ、ボブ・ディランの歌みたいじゃないか。''LIKE A ROLLING STONE"は、もったいないけど、あなたのことを歌っているよ。「How does it feel?」私も問いたい。

親孝行したいと思える人がいるのは羨ましくもある。大切にしたほうがいい、その気持ちも親も。私の中でそんな気持ちは芽生えることはない。ただ血が繋がっているだけではだめなんだ。産んでから子を慈しむことをしないと、見守ることをしないと。ただ産んだだけじゃだめなんだよ。

生まれが,育ちが奇抜すぎて苦しかった。今でも苦しくなることがあるけれど。
幼い頃に負った傷からは逃れられない。
おかしな環境で育ってきて,自分までおかしくなっているんじゃないかと不安で不安でたまらなかった。
不安で押しつぶされそうなとき,彼女に出会った。
毎週毎週、私の重たい話に耳を傾けてくれた。何も言わずに「ん,ん」と頷きながら。
腹の底から辛いことや悲しみがこみ上げ,彼女の目の前で犬の遠吠えのように泣いてしまったこともある。話をしているうちに退行したのか,ソファの下で膝を抱えてうずくまり、幼い子どものようにしょげてしまったこともある。いつも彼女は黙って見守ってくれていた。

心の彷徨は二年間続いた。二年の間ずっと変わらず,私の話を聴いてくれていた。あの日々がなければ今の私はない。

「出会うべくして出会った、そう思わない?」あのとき彼女はそう言った。そうだね。
必要な時に必要な人と出会うんだね。
勇気を出して彼女の部屋をノックして良かったよ。

もう彼女と会うことはない。きっとない。
ふと空を見上げたとき、離れているけれど、同じ空の下で今日も生きているんだなあ、元気にしてるかなあと思いを馳せる。一人ぼっちではない感じ。同じ思いを共有している感じ、繋がっている感じがする。
彼女は、私にとって心の中の母親だ。
「それ、転移ですね」って言われそうだけど(笑)
ちゃんと生きてるよって手紙を書いたんだ。
私にはこれ以上の親孝行はできない。







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