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【#6】バレンタインイベント後、おひとり様・ダブルシャンパンで背徳感

 今週は、聖子ママが全力でやる気だ。2月の一大イベント、そうバレンタインデー。外食業界全体が閑散とするといわれる魔の2月。力いっぱい、華やかに、出来うる努力をして売り上げを確保して駆け抜けるためには、このバレンタインデーは救いだ。聖子ママが、お客様へ営業をかける。


〇〇さん、今日もきっとお仕事頑張っていらっしゃるんでしょうね♪お疲れ様です♡ガンバル〇〇さんに、チョコレートお渡ししたいわ🎀今年もバレンタインデーにはどうぞ、お店に立ち寄ってくださいね💗待ってます💗


ママが、ラインのテンプレを作りつつ、〇〇の名前の部分の名前を慎重に打ちながら、プラス一言、そのお客様に沿ったメッセージを送っている。萌花こと凛華(源氏名)も、そのやり方をママに教わった。凛華もいつもお世話になっている聖子ママの力になるべく、一緒にラインで援護射撃。会社のランチタイムにおにぎりを頬張りながら、ラインする。

📱 〇〇さん、こんにちは。今週もはじまりましたね!私は今、ランチタイムで、お弁当を食べながらラインしてます🍙〇〇さんも、お仕事がんばっていらっしゃるんだろうなと想像してます☺今週バレンタインイベントで、私はお店に、水曜日と、金曜、土曜日に入る予定です。ドレス着るのでお会いできると嬉しいです♪チョコレートお渡しできるといいな🎀

UnsplashのBenjamin Lizardoが撮影した写真

同伴のして下さった方へは、このテンプレに、同伴のお礼や感想を添えてラインした。効果は絶大だ。
 会社では、部署配属から慣れた顔ぶれ、変わらない仕事のルーティン、それも悪くはなかったが、お客様への営業をランチタイムに行うと、少し刺激的で、目の前の光景が、セクシーに見えてくる。

 萌花は、会社が終わり、自転車を飛ばし、いつものすずはなマートへ。オレンジのかごをもって、ものすごい勢いでお菓子売り場へ。一番安い板チョコ、ミルクチョコレート15枚とホワイトチョコレート10枚、ドライフルーツ入りミックスナッツを一袋購入。そして、チョコペンを購入した。
 家に戻り、手作りチョコにチャレンジ。あまり得意でないお菓子作り、いや、あまりというより、苦手。ただ、少しでもスナックの仕事に必要な経費を抑えなければならないと考え、手作りに踏み切った。市販のバレンタインチョコレートは、数を買うには高すぎる。この前に休みの日に、100円均一のお店で購入したラッピング用品もバッチリ揃えられていた。
 チョコレートを砕き、ボールに入れ、湯銭で丁寧に溶かす。お湯が入らないように、慎重に。そして、砕いたナッツと刻んだドライフルーツを適量混ぜ、ハートのホイルに流しこむだけ。萌花にはこれだけでも、大変な努力だった。あとは、かわいくラッピングすれば・・・なんとかイベントの形になるだろう。ミルクチョコレートの次は同じ工程をホワイトチョコレートで。夜中までチョコまみれになりながら、数をそろえた。
 聖子ママのお店は今週いっぱい、バレンタインイベントだ。14日だけではなく、バレンタインを1週間打ち出すことでイベント日を増やし集客に力を入れる。ママはイチゴにチョコレートを冷やし固めていた。

UnsplashのJessica Johnstonが撮影した写真

 聖子ママは、真っ赤なドレスを纏い、お客様を迎える。
「いらっしゃいました~💗ゆきちゃん、嬉しいわ~💗私の愛がほしかったのね💗」と、お絞りを渡しながら、ゆきちゃんの耳元に近づき微笑みながらささやく。
 ゆきちゃんは、ママの常連様だ。ママが呼びかけると、必ず姿を現した。力関係は明らか。ゆきちゃんは、夜、ストライプの柄のニットを着て、チノパンやジーンズを履いてお店に来ることが多かった。ニコニコと笑って、ビールを1~2杯飲み、そこから焼酎のボトルに切り替え、レモンスライスを多めに入れ炭酸割りで飲む。大人しい40代の独身男性だった。昼間の仕事は、倉庫でフォークリフトを運転し、商品を管理をしていた。密かにママに恋心を抱いていたが、告白もできなければ、ママの容姿を褒めることすらも恥ずかしく、ただ無口ではにかむことが多かった。いつも、焼酎に切り替えると、ママに「ママも一緒にどうぞ」と焼酎を勧める。その時、ママの嬉しそうな微笑みを向けられること、「ゆきちゃん、ありがとう。一緒に乾杯できて嬉しい💗」と、カウンターからやや前かがみになるママ、細い腕が伸び、乾杯とグラスが近づき、繊細な音が鳴る。ゆきちゃんは、距離が縮まる錯覚を起こす。ママの毒にやられている一人だった。ママは、時にドSにも、ドМにも色変わりできた。
 萌花にも、いつもより多く、お客様がいらっしゃる。お酒を少しずつ頂きながら、最後お見送りには、手作りチョコレートを手渡した。「凛華ちゃん、ありがとう💗手作りなんだ。なんか感激!」
「お菓子作り、得意じゃないんですけど、感謝を込めて作りました。お口に合うといいんですけど。」
「合う合う、凛華ちゃんからもらったんだから、全部食べるよ!!じゃ、またね!」
「はい!今日はありがとうございました!」
お客様に手を振りながら、”バレンタイン準備って結構大変だったけど、頑張った甲斐があった”と清々しさを感じていた。ドレスのスカートを少し引き上げ、お店へと戻っていった。扉を開けるとテーブル席のお客様の間を、蝶のように舞うママが目に入った。
「イチゴにチョコレートって、ね!食べて!初恋じゃな~い?🍓」
なんて、明るい笑い声が響く。仕事に徹するその姿に憧れを抱いた。
 
 一週間のバレンタインイベントを駆け抜けた。華やかな一週間。凛華はママにお疲れ様でしたと声をかけた。
「凛華ちゃん、大変だったでしょ。チョコレート準備してくれてありがとうね。」そういって、ママが一枚のチョコレートを渡してくれた。
「凛華ちゃん、ママ、北海道展に行ってきたのよ!シャンパンなんて書いてあるじゃない💗このチョコレートって凛華ちゃんぽいわーって思って💗感謝チョコ💗」
ママの気配りがこんなところでも輝く。萌花は、感謝一杯、憧れ一杯に
シャンパンレーズンチョコレートを受け取った。

 家に到着すると、心地よい気だるさを感じた。真夜中に湯舟を入れる時間を待ってられないから、いつもシャワーを浴びる。
「あ!冷やしておこう。」

スーパーで購入した缶に入ったスパークリングワイン

この前、すずはなマートで見つけた、缶に入ったスパークリングワイン。ボトル1本を開けるにはやりすぎかと感じる夜には、この小さな缶がいいなと、試しに購入しておいたのだ。冷凍庫でキンキンに冷しておくのが萌花好み。
 シャワーを浴び、髪をタオルに包んだまま、バスローブを羽織って、化粧水を顔に押し付けながら、冷蔵庫に一直線。
”今日は頑張ったからご褒美だよね。”
禁断の夜のおひとり様。ママから頂いたシャンパンレーズンチョコレートでデザートスパークリングタイム。

禁断のWシャンパンデザートタイム

シャンパンに漬け込んだレーズンが入った板チョコなんて。なんて贅沢。
そして、シャンパンと併せて飲んじゃう。ちょっとだけ・・・と、この背徳感は、どうしようもない。
ママありがとう、そして、世の中に存在してくれたロイズありがとう。”
萌花は少しずつ、Wシャンパンを味わった。おひとり様で寂しかったかもしれないバレンタインデーは、スナックのアルバイトのおかげで、高揚感で満たされたバレンタインデーになった。

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