別れた後に涙をこぼすのは、あなたのことが大好きだから。
「もう帰るんか。」
車内の時計が、夜の闇のように静かに22時を告げた。
運転席に座る父の背中が、どこか寂しげに見える。さっきまで、ホタルを見て瞳を輝かせていた人とは別人のようだ。
私が帰ることを後ろめたく感じる気持ちが、じんわりと座席シートを通して伝わってきた。
帰って欲しくないのだろう。それは、今日初めて会った人が見てもわかるくらい、わかりやすいものだった。
そりゃあそうだ、久しぶりに会った愛娘が急に体調を崩し声が出ない状況になっていた挙句、数時間ともにしてもう帰るというのだから。
だが、私も限界が来ているとわかっていた。
今日は、声を使いすぎた。これ以上出すと今後の人生に関わる。
「しっかりお風呂であったまって、体温めてゆっくり寝るんやで。」
そう助手席から口を挟む母も、やや曇った笑顔で、寂しさを隠しきれない様子だった。
その両親の愛情が心に沁みて、咄嗟に両親の片手を両手でとり、強く握りしめた。
子どもの頃にやっていた当たり前のやりとりのように、強く優しく握り返してくれる父と母。
「二人も気をつけて帰ってな。大好きやで。」
もう一度握り返して、すっと車のドアを開けて夜の闇に紛れた。
車窓に向かって、最後に口の形で「ありがとう」を作った。
それだけで、精一杯だった。
こんなにも贅沢に、両親に愛されてきたんだ。
こんなにも私は、父と母のことが大好きだったんだ。
離れてからわかることがあまりにも多い。
どれほどまでに両親に愛されてきたか、ということ。
そしてこの状況が、どれほどまでにありがたく、当たり前じゃなかったか、ということ。
親の無償の愛は本当にすごい。それが歳を重ねるごとに身に沁みてみてわかってくる。こう感じられる心も育ててくれて、ありがとう。本当に感謝しているよ。
愛に溢れた子どもを育てるためには、愛に溢れた大人でいること。
それを学ばせてくれた両親のような存在に、私もなれるだろうか。
いや、なるんだ。
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