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おばあちゃんの麻婆豆腐


 私は喉風邪に罹りやすい体質だ。
 喉に違和感を感じた時には既に遅く、またたく間に扁桃腺が腫れたり、咳が止まらなくなるのが常である。
 その日は、目覚めると喉が圧迫されるほど、扁桃腺が腫れていた。
水を飲むのも辛く、しかし仕事を休むわけにもいかない為、必死の思いで身支度を整え、出勤の準備をした。
 そんな私を見かねて、共に住む祖母が大層心配そうに
「辛くなったら早退しなさいよ。何かあったら電話なさい」
と玄関先までついてきて、見送ってくれた。
 勤務中、熱も上がったようだったが、がむしゃらに働いてなんとか一日をこなした。
どうやって帰ったか覚えてないが、満身創痍の状態で何とか家へたどり着く。
 私が帰った姿を見るやいなや、祖母は
「辛かったね。よく頑張ったね。ごはんできてるよ」
と優しく迎え入れてくれた。
 喉の痛みと熱のせいで、私は涙を抑えられず、泣きながら食卓についた。
テーブルには祖母お手製の夕飯が並んでいて、どれも緩やかに湯気がたゆたっていた。
 立ち込める湯気の中、私は目の前の料理を見る。
 それは、紛うことなく、麻婆豆腐だった。
 何度目を凝らしても、こすってみても、それは麻婆豆腐であった。
 私の喉は大変に腫れ上がり、唾を飲むことすら苦しい。
 目の前には、灼熱の麻婆豆腐。
 祖母は満面の笑み。おかわりも沢山あると笑み。
 目の前には、地獄の麻婆豆腐。
 私は一匙すくって、口に含み、飲み下した。
 喉から全身に、今まで体験したことのない刺激が走った。
 不思議と、痛みの中に感じる山椒の爽やかさや、唐辛子の痺れが、妙に心地よかった。
 額から滝のような汗が流れ、匙を持ち上げる倍量の数、水分を補給した。
驚くべきことに、次の日目覚めると、喉の腫れが引いていた。
 血色もよく、まったくもって健康体であった。
私は、それからというもの、喉に違和感がある時は麻婆豆腐を食べるようにしている。
 所謂、おばあちゃんの知恵というやつ、だろうか。



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今のご時世じゃ考えられないことしてますね。
ほんの数年前は、熱があっても会社行ってました。

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