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20年ぶりの歯医者記録 〜1本目〜
どうも最近、左上の親知らずが染みる。冷たいものを飲むとキンと痛むし、食べ物を噛むとじんわり痛い。
虫歯なのかもしれない。そうなると、治療をしなくてはならない。治療するには歯医者に行かなければならない。それは、とても嫌だ。
私は歯医者に良い思い出がない。
それは、小学生の頃のこと。酷く臆病な私は、初めての歯医者にそれはそれはビビっていた。
器具の発するやかましい音や、チクチクと口内に触れる金属の感触、無理やり口を広げられる行為にパニックになり、大泣き。恐怖のあまり大立ち回りしたのである。
先生を大いに困らせ、次回、菓子折りを持っていかされた経験がある。
「歯医者なのに虫歯の原因になるお菓子を渡すなんておかしいかしら」
と母親が頭を悩ませていた記憶も同時に浮かぶ。
今なら分かる。本当におかしかったのは私である。
だけれども、怖いものはしょうがない。口を無理やり広げられて嬉しい人なんていない。
どうして歯医者の器具は全て、あんなに恐ろしそうな見た目をしているのだ。
もっと、ふわふわだったり、プニプニだったりしてくれないものだろうか。
形を変えられないのならば、せめてネコのシールや、ピカチュウのイラストなどで装飾して欲しい。
ああ、物凄く憂鬱だ。またあの恐ろしい器具を口に入れなくてはいけないのか。
あの日、私は菓子折りを持ちながら「もう二度と歯医者になんて来ない」と誓ったのだ。だから今日まで虫歯にならないように毎日毎日しっかり歯を磨いてきたのだ。
どんなに疲れていても、どんなに眠くても、どんなに体調が悪くても、必ず歯を磨いて眠ってきた。それなのに、虫歯が出来てしまった。
それもこれも親知らずなんてものが生えてくるからいけないのだ。
私の親知らずは、ここ最近頭をのぞかせるようになった。
親知らずは上に2本、下に2本生えるといわれているが、私の親知らずたちはまだ、左上にしか姿を現していない。
中には、一生生えずに済む人も居るようで、自分もその手の人だと思い込んでいた。
今までずっと28本で仲良くやってきたのに、突如として現れて、しかも虫歯をこさえるだなんて。とんだ厄介者だ。
私の口の中が、村かなにかだったらとっくに追放されている存在だ。
「出てゆけ! この村を脅かす愚か者め」
「お前が来てから作物がちっとも育たない!」
「お前のせいで、家畜が全て死んだ!」
「「出てけ! 出てけ!」」
親知らずは仲間思いのやつとは思えない。
村を追い出されても仕方がない。それほどの悪事を働いている。
だから私も、この憎き親知らずを排除しなくてはならない。つまり、それは抜くということだ。
よく、親知らずを抜いた後の顔写真をSNSにアップする人がいる。
皆一様に、抜いた部分の頬が餅みたいにふくらんでいる。昔話の瘤取りじいさんみたいな顔だ。
嫌だ。そんな恐ろしい目に遭わなくてはならないなんて、嫌だ。
別段、顔がふくらむことに対して恐怖は感じない。むしろ「なんか愉快」とさえ感じる。
私が恐ろしいのは、頬がそれほどまでに腫れ上がってしまうほど、親知らずを抜くという行為が身体に負担を与える、ということ。この恐怖が私を「怖い」と為しめるのである。
でも、厄介者をずっと抱えていると、もっと悲惨な目に遭うはずだ…。親知らずの虫歯のせいで、他の歯まで虫歯になってしまうかもしれない。
全く気が進まない。しかし、背に腹は代えられない。
ネットで「歯医者 優しい」、「歯医者 憶病者」、「歯医者 怖くない」
などと検索して、それにヒットした歯医者を予約した。
予約の日に、台風でも来ないだろうか…。今から、そんなことばかり考えている。
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