見出し画像

蕎麦


蕎麦

「死ぬ前に、蕎麦につゆをたっぷりつけて食べたかった」というのは江戸っ子のセリフとして有名だが、かく言う私も蕎麦をつゆに泳がすことなくたぐる性質だ。
別に江戸っ子を気取ってそのようにしているわけではなく、元来よりそうであって、不思議と家族の中に同じようにたぐる者はいない。
私の好む食べ方というのは、蕎麦の先をほんの一寸ほどつゆにつけてたぐる方法に他ならないのだが、こだわりはのつゆのほうにもある。麺つゆ、それも二倍濃縮のからいやつを蕎麦猪口注ぎ、出来うる限りそのまま使用する。つまり水で薄めない。どうにもからい場合は氷をひとつだけつゆに浮かべ、その中に蕎麦先をちょんとつけるのである。
この食い方は蕎麦だけに留まらず、うどんや素麺にも応用される。故に、茹でたうどんや素麺を皿によそい、その上に直接麺つゆをかけるという行為を見るとわなわな震え上がる。必要以上に水や氷を入れて薄める行為も自分には真似できない。
ともあれ、各々自身が好むような食い方をすれば良いわけだが、蕎麦を食う様式にも違いがあり、それは目玉焼きに何をかけて食すか、と同じくらいの自由と多様性がある。食には作法がつきものだが、実のところ、何も気にせず欲するままに好き放題食う物こそが一番美味い。
茹で立ての一本をそのまま食み、蕎麦の味を堪能するなんてことはせず、つゆにネギを入れる。今日はそんな気分で、蕎麦先を一寸浸した。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?