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Masuda Yuya
2024年2月25日 11:28
(2の続き) それはどうやら彼自身が発している音らしかった。 彼の身体は血の通った肉体であることをやめ、ひとつの構造物として虚空に浮かんでいた。灰の混じった細かな雨が音もなく彼を濡らし、街に降り注いだ。街には見知った丘があり、川があり、海岸線がある。丘の中腹には動物園があり、川下の住宅街には彼の住んでいるマンションがある。屋上のナツメヤシが巨大な恐竜のあばら骨のような葉を海風に揺らしている
2024年2月24日 11:33
(1の続き) ☆☆☆ 「ねえ、一人暮らしなのにずいぶん大きなポットを使ってるのね」 裸足のまま狭いキッチンに立った菜々美が、難しい顔で電気ポットを睨みながらそう言った。彼女は昨夜身に着けていたのと同じ花柄の入った濃い紫のワンピースを着て、秋斗の貸したタオルで濡れた髪の毛をきれいにくるんでいる。 「親父のなんです」と秋斗は応えた。「そのポットも、洗濯機も、冷蔵庫も、ぜんぶ親父が単身赴任
2024年2月23日 08:25
菜々美は最近、空中に浮かぶ電気ケトルの夢を見る。 夢は日によってわずかに細部が違っていたが、だいたいのシチュエーションはいつも同じだった。 彼女は草ひとつ生えない赤茶けた台地に立っている。空はきまって雲ひとつない晴天だ。中天に差し掛かった太陽が台地の粗い砂粒をしらじらと焼いている。ほとんど風も吹かず、どのような音もしない。卑小さの排除がその夢の基本的なコンセプトであるらしい。ほどなくして、
2024年2月18日 09:44
(1の続き) オレンジ色のペンキで塗りこめられた木製の扉のすきまから、二対の青い瞳がこちらを見上げていた。 まるで暗がりから状況をうかがう気性の荒い生き物のように、その目ははっきりと敵意をもって俺を睨んでいた。部屋の明かりはついていない。家の中があまりに暗いので、俺を出迎えてくれたのが黒いスカーフを顔に巻いた少女だとわかるまで、しばらく時間がかかった。 「いまは家にいない。この時間
2024年2月17日 13:27
「それで、けっきょくベルリンに行ったの?」 友也が景気よく1本目の赤ワインを空にしたところで、そろそろ本題を切り出す頃あいと判断して私は尋ねた。 これ以上酔うとこの人は下世話なネタしか話さなくなるし、同じ内容を何度も繰り返すようになるだろう。目当ての話を聞きだすには、食後のアルコールで程よく上機嫌になっている今がベストだ。 彼はグラスの底に残ったワインをひと口で飲み干すと、それからし