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創作大賞「ドラゴン・シード」#15

#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門

15話

 ケイトとジンはセントラルの中央区医療研究施設に場所を移した。
「説明してくれ」
 ケイトの言葉に、ショーン博士とジンが順番にミミックワーム改めドラゴンワームのことを説明した。
 新種の寄生虫型の亜種であること、宿主の臓器に擬態しながら血管から養分を吸収し、最終的には宿主を死に至らしめること。
「イヴの小鳥たちが元になって、女たちが中間宿主になってるんだ」
「いや、ジン、それがちょっと風向きが変わってきたんだ」
 博士がジンの言葉を否定した。
「え?」
「終宿主、つまり大元の出どころは分からんが、中間宿主は確かに主にフラワー通りにいる女たちだ。このドラゴンワームはよほど男好きらしく、男に寄生すると宿主を食い尽くす補食寄生化する。つまり、女性ならなんでもないが、男性の場合は食い殺した挙句に共倒れだ」
 博士によると、ドラゴンワームは女性ホルモンのせいで幼生のまま女性の子宮口あたりで留まりほとんど増えない。対して男性の中に入ると、テストステロンの影響で一気に成虫になって体内で暴れだす。
「だが、女性だからと言って安全なわけではない。いずれ体質が変化したり高齢化で、女性ホルモンが低下した場合、体内で安定していたワームが暴れだす可能性もある。というわけで、ケイト君、君は仕事柄亜種にまみえる確率が高い。寄生されている可能性もあるので先ほど検査させてもらったというわけだ」
「ああ、それで……」
 ケイトは研究所に来るとすぐに、職員から血液を採取されている。
「だがナイチンゲールの女性陣にはほとんど見受けられなかったので、大丈夫だとは思うがね」
「え? どういうことです?」
「風向きが変わったというのはここだ。全くというわけではないが、ナイチンゲールは寄生された痕跡はあったがすでに駆虫されている。むしろそれ以外の店の被害が大きい。いや、そこで遊んでいた客たちというべきだな」
「じゃあ、あの小鳥の紫の石は……?」
「うん、それなんだがジン、あの結晶こそが我々の駆虫薬の唯一の光明になってくれたんだ」
「え……?」
 博士がパソコンから画像を次々に開きながら説明してくれたところによると、あの紫の石の中で、ドラゴンワームは溶けてなくなるというのだ。
 その画像の中では、紫の結晶の中に閉じ込められて乾眠しているワームの身体が、徐々に溶解し、最後は粉々に砕けてなくなってしまっている様子が、順番に映し出された。
「これは……。どういうことですか、博士?」
「あの小鳥は中間宿主ではなく、逆に駆虫していたんだ」
「え」
「つまり、感染された人間からドラゴンワームを吸い出し、結晶石の中に閉じ込めて体外に排出していたということだ」
 ジンが唖然としている。
「じゃあ、イヴの小鳥たちは感染した人たちを救っていた? 私が見たヤンに群がっていた小鳥たちも、ヤンから虫を吸い出していた?」
 ケイトが代わりにジンの気持ちを代弁する。
「そういえば、あのとき鳥たちは、ヤンから離れると石を吐き出してまた群がっていった……」
 何度もヤンに群がって吸い込まれてゆく小鳥たちの姿がケイトの脳裏をよぎった。
 その時、部屋にノックの音がして、女性研究員が入ってきた。
「失礼します。ケイトさんとジンさんの検査結果お持ちしました」
「ああ、ありがとう」
 博士が受け取った。
「口頭で簡単にご報告しますと、ケイトさんは血中からごくわずかにアンタイトが検出され、ドラゴンワームに感染した痕跡がありますが、なぜか今はドラゴンワームの存在は確認できませんでした。そしてジンさんですが、大変申し上げにくいんですが、感染しておられます」
「え⁉」
 三人が絶句した。
「でもまだ初期の段階ですのでとりあえずこれを……」
 そう言って、研究員が一本の注射を用意した。有無を言わさずジンの腕を取るので、ジンも逆らわずにおとなしく注射されている。
「……これ、なんです?」
「もちろん、女性ホルモンです」
「……なるほど」
「これで一時的に、ドラゴンワームの成長を抑制できます。今大急ぎで駆虫薬の開発を進めていますので、しばらくはこれで我慢してください」
「はあ……」
 注射を終えて研究員が部屋を出て行こうとしたとき、ジンが思わず聞いた。
「あ、あの、副作用はどのぐらいで現れるんでしたっけ?」
「ああ、性欲が減退したり女性化したりする副作用ですね? その前にはきっと駆虫薬ができてると思いますわ」
 ニッコリ笑ってそういうと、女性研究員は失礼しますと部屋を出て行った。
「あいつ、絶対わざとだ……」
 ジンがぶつぶつ言うと、ケイトが面白いことを聞いたというように目を丸くしてジンを見上げた。
「……ジン、もしかしてそのうち胸が膨らんだりする?」
 ジンが不機嫌な横目で「おまえより立派かもな」と言った。
「マジか。そしたら触らせて?」
「セクハラだ」
「ちっ」
「あー、ゴホン」
 博士が咳払いした。
「ケイト君が駆虫できていたのは何よりだ。何か覚えがあるかね?」
 そう聞かれてケイトは半ば呆然と記憶をたどった。
「あ……、あれかな? イヴに初めて会った日、ナイチンゲールで私もあの小鳥にもしかしたらドラゴンワームを吸い出されたのかも……」
 豪華なあの部屋のウォークイン・クローゼットで、鳥たちの魔法うたでぼうっとなっていた時、飛んできた小鳥がイヴの手のひらに、今にして思えばワームの紅い稲妻のようなインクルージョンがある紫の石を吐き出したのだ。これはなんだと聞いたケイトに、イヴは灯に石をかざしながら言った。
 ――ふふ、ドラゴンの種?
「そうか、先に感染していたのは君か」
 そう言って博士はケイトにうなずきかけると、次に気の毒そうにジンに言った。
「ジン、ケイト君を責めちゃいかんぞ?」
 唐突な話の飛躍に二人はぽかんと博士を見、一瞬間が空いたあと、ケイトが「誤解だ!」と言い、ジンが「まだやってない!」と否定した。
「まだなのか、ジン」
 博士が面白そうな顔で言った。ケイトがそれに何か言う前に、ジンが慌てて口を開いた。
「俺は何年も女とは寝てないから接触感染じゃないが、おまえはどこの女と……」
 寝たんだと言おうとして、ケイトの視線に殺気がこもったのに気づいて慌てて口をつぐんだ。
「い、いや、その……」
「ひとつだけ確かなことは、私の感染は男でも女でもない。じゃあどこなのかと問われても、知るもんかとしか言えない。そういうジンの方こそどこなんだよ」
「う、うーん……」
 ジンが首をひねった。
 博士がそんな二人のやり取りに苦笑している。
 気を取り直して椅子に座り直した三人は、再び話し合いを続けた。
「結局振り出しだな。感染しているフラワー通りの女たちを、片っ端から追跡調査するしかないか……」
 話し合いに半ば飽きていたケイトが、あくびしながらふとジンを見て言った。
「あれ、イヤーカフだ。珍しいな」
「え? ああ、フレーネにもらったんだ」
「フレーネ? なんでジンが?」
「そうか、まだ話してなかったな」
 そこで、ジンはモリソンの家での一件を話した。
「ああ、Mにも魔石や天然石を買ってもらってると言ってたもんな。やり手なんだ」
「そうだな。で、石に魔法を絡められると聞いていたので、俺にもやってもらったんだ。それがこれ」
「へえ、石に魔法か。それは珍しい」
 その話に博士が飛びついた。早速ジンのイヤーカフを預かって分析器にかけた。
「それで、モリソンはどうやら魔石協会の金庫からアンバーグリスを盗んでいたらしくて……」
 ジンの言葉にケイトが何気なく割り込んだ。
「そういえばそのアンバーグリスって、東洋の方では龍のヨダレがなんとかって言ってなかったっけ?」
「ああ、龍涎香な」
「ああ、それそれ。ここでもドラゴンなんだな」
「……そうだ、りゅうぜんこうだ……なんで……?」
 ジンの思考が何かに囚われた。
「ジン……?」
「イヴはミミックワームをドラゴンワームと言った……」
 そして博士が、顕微鏡を覗き込みながらブツブツと言っている。
「ジン、道具屋の女の子が魔法をかけた時についたっていう、赤い縞模様もうなくなってるぞ。周波数も普通だし、もう何もないみたいだな、この石……?」  
 ジンは唐突に立ち上がると、自分の上着のポケットを叩いて何かを探している。ついにそれを脱いで逆さにしてポケットを全部ひっくり返し、バラバラと中から出てきたものを選り分けた。ズボンのポケットの中も引っ張り出している。
 モバイルやルーペや、なにかのカードやコインなどの他に、よくわからない細かいものまで様々に出てくる。どうやらジンは、なんでもポケットに突っ込む癖があるらしい。
「ジン……?」
「あ、あった!」
 何かの小さな粒を手にすると、その匂いを確かめ、再びルーペで鑑定して「いる」と短くつぶやいた。
 深紅の石がついたピアスだ。モリソンが死ぬ直前、ジンにくれたものだ。全部イヴに取り上げられたと思ったが、これだけポケットの隅に残っていたのだ。
 そして、テーブルの上にその深紅の小さなピアスを置くと、何を考えているのかいきなりぺっと唾を吐きかけたのだ。
 ケイトが顔をしかめる。
「ジン、なにやって……」
「博士‼」
 しきりに鑑定機を調整していた博士が、ジンのその大きな声に飛び上がった。
「なんだよ、びっくりするじゃないか」
「アンバーグリスだ! 龍涎香だよ‼」
「なんだって?」
「これを見ろ‼」
 ジンに促され、博士とケイトが先ほどジンが唾を吐きかけた赤いピアスに目を凝らした。
 ジンが自分のモバイルの動画カメラを立ち上げ、ピアスを接写して拡大すると、その映像を二人にもわかりやすいように見せた。
 ピアスの小さな石の中から、にょろりと極細の紅い何かが這い出した。 「うわ」
「ジン、これは!」
「ドラゴンワームだ! 龍涎香だ! 龍涎香だったんだよ! ドラゴンの腸でできる結石だ!」
 モリソンは死ぬ直前、この石は本物だと言った。本物の龍の結石ということだったのだ。
「な、なるほど。ドラゴンが寄生虫を腸液で包んで体外に排出してたものが龍涎香の正体ってわけか……」
 博士が納得したように口の中でぶつぶつ言った。
 ジンがどこかに連絡を取り始めた。モバイルに向かって興奮した大きな声で言った。
「誰でもいい、人をやって、娼館通りの娼館にあるアクセサリーをありったけ集めろ‼」
 様々な人が様々な方向でにわかに動き出し、それがやっと落ち着いた翌週、閉鎖され、主を失ったひとけのないナイチンゲールにケイトとジンは来ていた。
 ティーラウンジから高い天井を見上げながらジンが言った。
「ケイト、フラワー通りで寄生虫をばら撒いていた犯人はフレーネだ」
「……」
 ケイトは、その短い一言の重さに反論を持たなかった。
「ドラゴンから採取できる龍涎香はアンバーグリスとは言わない。それを彼女が知らないはずがない。だが、彼女は出所をごまかすために、わざと俺の前で龍涎香をアンバーグリスと言い続け、魔法を見たいという俺の頼みを利用してイヤーカフにドラゴンワームを仕込み、ついでに龍涎香のアクセサリーを暗示魔法で記憶を消してさりげなく取り上げた。俺はあの時、モリソンの部屋でたっぷり龍涎香の匂いを嗅いでいたからな。さぞや簡単だったろうさ」
「……」
「おまえにももうわかってるんだろう?」
「ああ……。私のピアスもフレーネにもらった。ヤンが倒れていたあの日、直前にナイチンゲールでフレーネに会った……」
「おそらく最初に娼館通りでドラゴンワーム入りのアクセサリーを売り始めたのはフレーネだ。そしてすぐに、人気ジュエリーデザイナーのモリソンに目をつけ、龍涎香を与え、更に被害を拡大させた」
「フレーネは、なぜこんなこと……?」
「わからん」
「イヴはフレーネをどうしようと……?」
「……わからん。でもあいつは人間じゃない」
「……」
「ケイト、俺はそれを調べに十二セクターに行くぞ。龍涎香の出どころはあの鉱山だ。イヴもフレーネもきっとそこにいる。おまえはどうする?」
「もちろん行くさ」
「すぐ支度しろ」
 二人はすぐそこを後にした。がらんどうでひとけのない瀟洒な娼館は、つい数日前までの華やかさを失っていた。その薄暗い建物のどこか高い場所で、小鳥が羽ばたく音が小さく聞こえた。

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