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中根千枝「タテ社会の人間関係」

今回は社会学の分野で名著と言われている本書を紹介します。筆者は非常に有名な社会学者であり、本書は彼女の名を世に知らしめた代表的な著書です。

本書は昭和42年(1967年)に講談社現代新書から発行されています。内容は、日本人の人間関係や組織的な行動様式を日本社会の場の意識と単一性に軸を置いて論じたものです。

50年以上前の内容ながら、今なおここに書かれる日本人の行動様式やその特徴はほとんど変わっていません(と思います)。ここから本書の論点をまとめます。

まず日本社会は個人の資格・能力よりも場による支配が圧倒的であると言っています。これは、その人の能力や立場ではなく、どの場に属するかが非常に重要であるということです。例えば仕事を聞かれれば、日本人は通常は「エンジニアです」とか「営業です」とは答えず「XX株式会社です」と答えるのが一般的で、この辺りにも日本人の場の意識が表れていると言えるでしょう。

この場のことを筆者は「家」と呼んでいます。そして、この家の中の序列や関係性がその他全ての関係性に優先する社会が日本社会であると結論付けます。

労働組合が業界横断的や職能横断的なものに発展せず企業別であったり、姑の嫁いじめが、嫁の親兄弟を巻き込んだ支援対象になりえず嫁が一人で解決すべき問題と片付けられがちなのも、全て日本人の家意識の表れ、家の内と外の関係の明確な断絶にあると述べています。

そして場の意識、家の意識が強い日本人は、必然的に人間関係を横での連携とは見ず縦の関係で見ることになると主張します。例えばインドにはカースト制という身分制度がありますが、身分は生まれた家で決まるため、誰もこのカースト制度の上に上がろうとは考えません。結果、同じ身分とされる横の連携が強固であるという興味深い現象があると言います。

一方の日本社会は家(場)という狭い枠組みでの人間関係を最優先するため、社会全体の構造を模したダイナミズムは持ちえず、その家(場)の構成員は単一的な尺度で図られがちになります。その家(場)を古くから知る人、そこに昔から所属する人が有利であり、それがいわゆる年功序列的な人間関係を形成するのだというのが筆者の見方です。

そしてこの家(場)の意識があまりにも強いため、個人の能力や役割はほとんど意味をなさず、その家(場)にいつから所属しているのかという年次だけが優先される状況を生み出すことになります。日本社会はまさにこの年次がすべてに優先される社会であり、それは会社も学会もやくざの世界も全て同じであると結論付けます。

この狭い家(場)の空間意識がモザイク状に張り巡らされた日本社会は社会的な連携や合意形成が得られにくく、派閥争いや至るところで同じような活動を社会全体で行う無駄が発生しているわけです。つまり、小さく分断されているコミュニティが単独で行動することで、本来必要のない競争や重複活動が多数発生し、社会全体としては多大なる無駄なコストを払っている状況であると言えるわけです。

また、日本社会ではリーダーシップも他国とは大きく異なり、もともと場の論理で組織が構成されるため契約や職能的なリーダーシップは育ちにくく、非常に情緒的なリーダーシップが形成されがちであると主張します。情緒的な関係が支配的な中、リーダーに求めらるのは人情や温情など下の人間を思いやる情緒的な要素であり、リーダー個人の能力が問題になることはほとんどありません。

下の人間もリーダーや上司との人間関係を重要視しており、いわゆる「この人についていく、いかない」は、自分にどれだけ温情をかけてもらえるかどうかにかかっているという点で、日本のリーダーシップはリーダーとチーム構成員の相互依存の関係にあると言えます。

別の言い方をすれば、日本社会は職能や役割分担の意識は希薄であるため、部下は上司の機嫌を損なわい範囲で好きなことをやれるし、その組織の構成員に明確な責任範囲・役割分担というものは存在しないということです。そしてリーダーの役割は、自分の組織の構成員のこのあいまいな和を乱さす維持し続けることであり、この和を崩さない限り自分が引き続きリーダーであり続けれられる相互依存の関係があるわけです。

ここまでざっと本書の私が注目した論点をまとめてきました。多くの会社勤めの方には納得の内容だと思います。大企業・中小ベンチャー企業・ネット企業・官庁・自治・非営利組織、はたまた部活まで、本書に記された日本人の組織意識やパワー構造はどこでも発見することができるでしょう。

巷には「XX社の人材育成」とか「XXの組織論」など組織論を語る書籍は多いわけですが、日本人のこのメンタリティを理解することなしに、話を前に進めることはできないんじゃないかと思います。

新書のせいか、統計的データや定量的分析、他国の事情は分量や客観性の不足があるような気もするのですが、それでもここまで典型的にわかりやすく日本社会や人間関係を表した本は多くないでしょう。これから日本社会の分析や組織論を研究する方には是非お勧めしたい本です。

関心のある方はぜひ手に取ってご自身でご確認ください。

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