第6話 森のくまさん
母親にとって、出産は幸せの瞬間だと思います。
私もそうでした。……ただし、ある一点をのぞいては。
娘を取り出した直後、先生が私のお腹の上に、娘をうつぶせにおいてくれました。娘はぱっちり目を開け、不思議そうに周囲を見回していました。
なんてかわいらしいんでしょう。
感動した瞬間でした。
娘は一通り周囲を見回した後、私を見ました。バチっと音を立てて目が合いました。どういうわけか、そのまなざしにギクッとしました。
娘も同じことを感じたのでしょう。
その瞬間、思い切り顔をしかめてにらみつけてきました。
それはまさに、
「てめえ、何じろじろ見てんだよ! シバくぞ、オラ!」
と言われているような目つきでした。
「すごいの産んじゃったかも」
それが、彼女との初対面の時の印象でした。
時は過ぎ。娘は小学生になりました。
日本語を歌で覚えさせようと、「森のくまさん」をうたってあげました。
娘はあからさまに顔をしかめました。
「えー! そんなの、うそじゃん! そんなでたらめ、子供に吹き込んでいいの⁉︎」
意味が分かりません。
「ママは知らないかもしれないけどね、クマって怖いんだよ!」
いや、そのことは私が誰よりも知っています。
「仕方ないから、あたしが正しい歌詞を作ってあげる」
そう言って彼女は歌い始めました。
ある日 森の中 くまさんに 出会った 逃げるな食べちゃうぞ おまえを食べちゃうぞ
逃げても くまさんが あとから追ってくる ドドド ドドドドド ガオガオガオガオガ
お嬢さん お待ちなさい ちょっと 落とし物 そんなわけないだろう
おまえを食べちゃうぞ
お嬢さん つかまった くまさんに つかまった それではいただきます お前を食べちゃった
お嬢さん ありがとう お礼に歌いましょ ララララララララ ララララララララ~
ホラーです。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?