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突然吹奏楽部の顧問となる⑽

 地域の進学校に異動して2年目。音楽科が講師になることに伴い、音楽ではない私が吹奏楽部の顧問となりました。顧問1年目は、生徒さんの頑張りや、前任の顧問の先生が残してくれた「無形の財産」で、何とか乗り切りました。2年目は、その年から始まった「公立教員の民間企業研修」と夏のコンサートの日程が重なり、県大会は学生指揮者で参加。結果は銅賞。そのあたりから、部内では意見の対立、OBがらみのトラブルなどが可視化され、その対応に結構削られました。
 ただ、3月には恒例となった東京での演奏会にも参加し、部員は落ち着きを取り戻しました。私の異動は叶わなかったのですが、その年の進学状況はとてもよかったこともあり、もう一年頑張るしかないか…と気持ちを切り替えつつありました。

教員としてのスタンスを再確認する

 顧問になって、吹奏楽部の活動についてのクレームを受けることが多かったです。職員室内からもありますし、OB会からもありました。当初は、部員にもそういう事実を伝え、考えてもらうようにしていました。しかし、徐々に、バカバカしくなってきました。もちろん、部員が改めるべきことであれば素直に受け止めています。しかし、どう考えても、その人の個人的価値観の押し付けにすぎないや、「顧問が私だから言ってみた」という事例も少なくありません。私、なめられているんです。
 ここにきて感じるのは、「ああ、私はやはりよそ者なんだな」ということ。
 以降、そういうクレーム・要望は、「伺う・謝罪する・忘れる」にしました。要するには、顧問は、部員に対する防波堤になるということ。
 ストレスは溜まりますが、そうしないと部員が壊れます。

しかし、私が壊れそうになる

 新年度は3年生の担任です。1年生から持ち上がってきた先生が異動となり、その穴埋めが私。
 そのことが決まってから、地区の吹奏楽連盟の会議がありました。そこで、「地区吹奏楽連盟の事務局」をやれという話が舞い込みます。
 吹奏楽連盟は、たとえば「横浜市(地区)~神奈川県(県)~関東(地方ブロック)~全国」という単位で組織化されています。特徴的なのは、「小・中・高・大学・一般」が混じっていること。運動部も同じような組織ですが、「中体連・高体連」など校種で組織が分かれています。しかし、吹奏楽は、小学校から大人の団体まで一緒なのです。ただ、事務局は「中学・高校の教員」が担当します。大会運営も同じ。私に来たのは「地区の事務局」…。
 事務局の任期は2年。しかし、事務局だった中学の先生が、任期中に異動になってしまった。そこでということ。なぜ私にと聞くと…
「中学より、高校の先生の方がヒマだから。」
「F高校は進学校で優秀な生徒が集まっている。だから、生徒指導がなくて楽でしょ」
「地区を代表する吹奏楽部の顧問がやるべき」
 要するに、「楽でヒマで時間があるはずだから事務局やれ」です。
 確かに、生徒指導的な案件は少ないです(その少ない生徒指導案件が吹奏楽部に起きたのは、前回記したとおり)。ただ、予備校のない街で「大学受験指導のための事務・相談・学力向上」まで丸抱えすることを求められています。
 中学の先生の授業持ち時間は「週25時間」、私の授業持ち時間は「週18時間(1日7時間授業です)」。ただし、これにLHR・総合学習があり、さらに放課後・週末の課外講習(センター対策現代文・古文、記述対策・小論文講座)を入れれば20時間をこえます。そのためには、「教科書×授業」「日本中の大学の過去問分析×課外講習」という準備が必要です。
 事務局は無理です。少なくとも、ヒマでも楽でもありません。
 むしろ、吹奏楽部の顧問となってからは、授業や課外講習の準備まで手が回らなくなりつつあり、自分の力が落ちているという自覚もあります。
 音楽の先生はヒマで、国語は忙しいとか、そういう価値観はありません。
 でも、おっしゃるような理由は、私には該当しません。そもそも、吹奏楽の経験もなく、業界のルールもよくかわっていません。
 長い沈黙があって、誰かが私の名を呼び、「お願いします」と言うのが聞こえました。多分、私に事務局を担当させることは、うちうちで決まっていたのでしょう。そして、私が拒否するとは思わなかったのでしょう。
 これは、「私の見た目の問題×個人的な課題」でもあるのですが、「何言っても怒らなそう×何でもしてくれそう」なのだそうです。多分、第二案はない。
 私の負けですね。条件を付けました。
 事務局=理事長の兼任はしない。
 事務局=会計は別の担当者で。
 任期は1年。
 あとから聞くと、私からは相当な「怒気」が出ていたそうで、この条件はOKとなりました。

最初のトラブル

 地区吹奏楽連盟の最初の行事は6月、「楽器講習会」。
 小学生から高校生までが対象で、各楽器のプロ奏者を招いて1日レッスンを実施します。
 会場はF高校。ちなみに、F高校が会場になったことはありません。いつもF中学だったのです。「事務局の学校でやった方が準備が楽でしょ」と言われました。そういう側面は確かにあります。
 ただし、F高校で実施の場合、「日曜日」しかできません。「土曜日」は1日課外講習です。小学校・中学校の顧問の先生からは、「今までとおり土曜日にできないか」という話がきます。「日曜日はできるだけ活動せず、児童生徒に休みを与えるように」という通達があったそうです。
 この通達は、いわゆる「義務教育学校」へのもので、高校には来ていません。吹奏楽連盟が校種でわかれていないことの弊害が早速出ました。だから、「そういう事情がわかっている×加盟校の多い中学」の先生が事務局をすべきですなのです。
 土曜日実施にするならば、会場をF中学にすればよいことです。しかし、それはなぜか拒否されます。その日は持ち帰りとなり、顧問の先生は勤務校の校長と相談になります。そして、F高校で日曜日実施となりました。

 F高校は、最寄駅から徒歩10分。F高校が会場となった要因には、「最寄駅からの近さ」がありました。ちなみに、F高校は保護者に対して「公共交通機関の利用×自家用車での来校は避けていただくこと」をお願いしています。
 楽器講習会参加者にも、「公共交通機関を利用すること」「楽器は顧問の自家用車で運搬すること」をルールとしました。しかし…
 小学校では、保護者が楽器運搬をするのが慣例だそうです。講習会の朝、F高校玄関にある狭いロータリーに、保護者の自家用車が並びます。そして、校内に入れない自家用車が学校前の道路で渋滞を作っています。
 また、多くの参加者は、保護者の自家用車で来校し、渋滞に拍車をかけます。近隣住民が通報したのでしょう、パトカーもやってきました。
 
 予定より、少し遅れて講習がスタートしました。
 顧問の先生には、控室に集まってもらいました。
 F高校を会場とすると決めた時、以下の3点を確認したはずです。
 ・「開催は日曜日」
 ・「公共交通機関を利用する」
 ・「楽器運搬は顧問が行う」
 小学校の顧問の先生が、「それはわかっていたが、小学校では保護者に助けてもらわないと活動がままならない」「参加者の保護者には、車の中で待っている人もいるので、そういう人の控室も準備してくれないか」と言い出しました。
 (正直、頭おかしいのではないかと思いました。この先生、上記のルールを決めた会議に出席しています。ちなみに、県の吹奏楽連盟では役員をしています)
 私は、以下の2点を告げました。
「今から使用教室を増やすことはできません。もしどうしてもというならば、保護者の方を、この控室に呼んでください」
「参加者の帰宅時も、同様の混乱が予想されます。顧問の先生方には、車の誘導をお願いします。今から計画を立てます」
「あの、私、所用があって午前中で失礼します。部員と楽器は保護者の方がやってくれるので」
 (正直、頭おかしいのではないかと思いました。以下同文)

少しだけ救われたのは…

 講習会の昼休み、部長と副部長が私のところにやってきました。
「先生、一人で大変でしょ。帰りの誘導、部員から出しますよ」
「教室の復元とかそういうの、部員が参加者に指示してやらせます。最終確認とかごみ捨てもやっときますから」
「講習が終わって、講師の先生を控室まで案内するとか、お茶出すとか、お見送りとか、3年女子部員でやります。接待チーフの先生、私の中学の顧問の先生なので打ち合せしときます」
 そんな話を片隅でしていると、F高校OBの顧問の先生が来て、「みんなごめんな。今回はこちらの不手際で、F高校と(私)先生に迷惑をかけてしまって…。でも、F高校のみんながそんな風に考えて動いてくれるのは、OBとしてとてもうれしい。帰りの誘導は、君たちがやりやすいようにやって。僕も誘導には参加するから指示をください」
 講師の中には、F高校OBの音楽家もいます。いつも部員の指導をお願いしている先生です。その方は、
「講師の先生で、駅まで歩いて行く人は僕の車で送迎しますから言ってください。」
 
 会場をF高校にしてよかったのかもしれません。
 F高校吹奏楽部の現役部員とOBとが、この混乱への対応を買って出てくれたのです。
 すべてが終わって、理事長からF高校の部員に感謝が伝えられました。部員は、なんだか嬉しそうにしていました。
 終わって、F高校OBの顧問の先生に、食事に誘われました。
 断ろうと思ったのですが、この先生に救われたのも事実なわけで…。
 そして、食事の場で、F中学が会場にならなかった理由を聞きました。
 F中学は、保護者の送迎や運搬はOK。最寄駅から徒歩20分以上かかりますから、車でないと無理です。最近、F中学の近くに大きなショッピングセンターができました。すると、一部の保護者が、ショッピングセンターの駐車場で乗り降り・楽器の積み下ろしをするようになったそうです。さらに、そこに車を置いて、どこかに行ってしまう保護者もいて、ショッピングセンターからクレームが入ったそうです。
 それで、F中学は会場として使えなくなった…。ついでに言えば、マナーが悪かったのは、どうも例の小学校の…だそうです。
「来年は、ちゃんとするから」と言いますが、
「私の任期は今年度いっぱいですよ」と返します。
 その場には、F高校OBの音楽家もいました。
「F高校が、(私)にいろいろ迷惑をかけている。2月のOB会で何があったか聞きましたか。」
「聞いている。申し訳ないと思っている」
 私としては、もう充分です。今日は、F高校の現役部員が講習会を仕切ってくれました、OBの顧問の先生がわかってくれました。もう充分です。むしろ、感謝です。

 明日も早いから、今日はもう終わりましょう。
 夏のコンクールの文書を準備しないといけません。
 夏の課外講習のテキストを作らないといけません。
 授業は「舞姫(森鴎外)」と「源氏物語」です。
 来週の土曜日は、進研模試です。
 火曜日は、センター対策講習があります。
 課題曲のスコアを読み、自由曲のカットを決める必要もあります。
 夏のコンクール地区予選と県大会の当日は、どちらも模擬試験と重なりました。大会当日、学校で練習はできません。当日の練習会場を探す必要もあります。地区大会の日の会場は何とかなりそうですが、県大会の日の会場はまだ見つかりません。
 子供が自転車の補助輪を外せそうなので、どこかで一緒に遊ぶ時間も確保したいです。

 私の暮らしは、いつからこんなになってしまったのだろう…。
                (つづく)

 
 
 
 

 

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