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北村早樹子のたのしい喫茶店 第5回「荻窪 邪宗門」

文◎北村早樹子

邪宗門の外観

 近年、色んな業界で、性暴力問題が取り沙汰されている。
 わたしは一応女であり、そして一応、音楽をやっていて、文章を書いていて、女優もたまにやっているので、音楽業界、文芸界、演劇界、映画業界に、ちょこっとずつ顔を出させていただいている。
 一言で言うと、サブカル業界というのだろうか。あまり自分がサブカル女である自覚はないが、本や映画や演劇が好きな女ではあるので、サブカル糞女ではあるのかもしれない。
 何故、サブカル糞女なのかというと、歴代の彼氏の三人が物書きだったからだ。わたしは、素敵な文章を書く男性にたいへん弱い。相手があることなので明言は避けるけれど、いずれもそれぞれ四〇代、五〇代、六〇代で(お付き合いしていた当時の年齢)、当時二十代のわたしからしたら、だいぶおっさんだった。物書きのおっさんは、みんな博識で話がおもしろく、それだけで魅力的だった。 
 その対極にいるのが、同年代のミュージシャンだった。物書きのおっさんの味を知っていると、同年代のミュージシャンはたいへん薄っぺらく青臭くつまらなくって、自慢だがわたしはミュージシャンと付き合ったことは一度もない。
 ひとりだけ、直近にお付き合いしていたおっさんだけは、こういうところに書いても大丈夫そうなので書いてみよう。何故大丈夫かというと、そのおっさんも、どこからどう読んでもわたしをモデルにした女が登場する小説を既に発表しているからだ(役名は咲村咲子だった)。
 もともとは、わたしがそのおっさんの小説の大ファンだった。そのおっさんの三作目の小説にいたく感動したわたしは、ツイッターにその素晴らしさを呟いた。すると、エゴサーチをしたのであろうご本人から、DMが届いた。「惚れてまうやろ~」と書いてあった。まあ、それは冗談だろうと思ったが、お会いしましょうと誘われたので、ファンだったわたしはのこのこ会いに行った。
 一回目は食事だった。歌舞伎町の焼き肉屋でごはんを食べて、その後ショーパブでショーを見て、それだけでお別れした。二回目は、なんとわたしのライブを見に来てくれた。そしてそのまま一緒にわたしの家に帰って来て、一緒に眠った。わたしも彼も超ド級の不眠症やということで、わたしが普段飲んでいる睡眠薬を彼と一緒に飲んで寝たところ、彼には効きすぎたらしく、ほぼ昏睡状態なぐらいお眠りになって、一瞬めちゃくちゃ焦った。
 まあ、そんなこんなでお付き合いがはじまって、でも短くて、結局半年くらいでお別れした。色々あったけれど、わたしはその半年間はなんやかんや楽しかったので、いい思い出になっている。
 この話を要約すると、ファンを食っちゃった小説家、ということになるのだろう(これはショーパブのおねえさんたちにわたしを紹介するときに彼が自分で言っていた)。
 そして、この話も、捉えようによったら性暴力問題になるのかもしれない。いちばん最初に某映画監督からの性暴力に声を上げた女優さんのエピソードにちょっと似ているなあと自分で思った。某映画監督は「僕の作品に出演させてあげるから」と言っていたらしいが、わたしの彼は「小説書いてるんでしょ、編集者紹介してあげるよ」と言っていた(結局紹介してくれなかった)。
 これは十分、枕営業の一環と捉えられなくはない状況だろう。でもわたしは、別にそんな彼を憎んではいないし、セックスは和姦だったと思うので、性暴力だとは捉えていない。
 しかし、ほんの数ミリわたしの感情がズレたら、性暴力に成り得る話だと思う。
 閑話休題。
 その日、わたしは荻窪の魔窟喫茶店、邪宗門にいた。とある写真家の男性と一緒にいた。彼と一緒に何か作品を作りましょうという打ち合わせの名目で、彼も二〇年前によく行っていたという喫茶店、邪宗門で会うことになった。

邪宗門はコーヒーのテイクアウトもやっています

 コーヒーを飲みつつ、おしゃべりをしたり、そんなわたしを彼がパシャパシャと写真に撮ったりしてくれていた。そんな中で、だんだん話題が下ネタになって行った。わたしは下ネタには元気よく乗って行ってしまう悪い癖があるので、結構盛り上がった。そして、彼は言い出した。
「僕は女性とは、生で中出ししかしない主義なんだよね」
 何を言い出してるんだ、と驚いた。でもおもしろいので続けることにした。
「それ、女性側にはなんにもメリットないですやん。ただリスキーなだけですやん」
 とわたしが言うと、彼は返す刀で言ってきた。
「違うんだよ、みんな生で中出しがいちばん気持ちいいから、一回やってあげると次からは女性の方から生で中出ししてくれって言ってくるんだよ」
「いや、わたし生で中出しされたことないんでわかりませんわ~」
「じゃ、僕がやってあげようか? 絶対ハマるから!」
 丁重にお断りしたが、これも、捉えようによっては性暴力となり得る話だろう。だが、わたしはおもしろかった話として消化している。別にこの方のことを嫌いにもならないし、怒る気持ちも特に湧かない。
 おまえの性事情なんか知らんがな、という、なんだかひどい話を書いてしまったが、荻窪の邪宗門は可愛らしくてお元気なおばあちゃんがやっている、一九五五年創業の歴史ある老舗喫茶店です。ルシアンコーヒーがおいしいです。今度はひとりで行きます。

邪宗門の名物ルシアンコーヒー


 今回のお店「荻窪 邪宗門」

■住所:東京都杉並区上荻1―6―11 
■電話:03―3398―6206
■営業時間:15時~20時  
■定休日:月曜(この日以外の曜日も休みになる事があります)


撮影:市川夕太郎

北村早樹子

1985年大阪府生まれ。
高校生の頃より歌をつくって歌いはじめ、2006年にファーストアルバム『聴心器』をリリース。
以降、『おもかげ』『明るみ』『ガール・ウォーズ』『わたしのライオン』の5枚のオリジナルアルバムと、2015年にはヒット曲なんて一曲もないくせに『グレイテスト・ヒッツ』なるベストアルバムを堂々とリリース。
白石晃士監督『殺人ワークショップ』や木村文洋監督『へばの』『息衝く』など映画の主題歌を作ったり、杉作J太郎監督の10年がかりの映画『チョコレートデリンジャー』の劇伴音楽をつとめたりもする。
また課外活動として、雑誌にエッセイや小説などを寄稿する執筆活動をしたり、劇団SWANNYや劇団サンプルのお芝居に役者として参加したりもする。
うっかり何かの間違いでフジテレビ系『アウト×デラックス』に出演したり、現在はキンチョー社のトイレの消臭剤クリーンフローのテレビCMにちょこっと出演したりしている。
2017年3月、超特殊装丁の小説『裸の村』(円盤/リクロ舎)を飯田華子さんと共著で刊行。
2019年11月公開の平山秀幸監督の映画『閉鎖病棟―それぞれの朝―』(笑福亭鶴瓶主演)に出演。
2019年より、女優・タレントとしてはレトル http://letre.co.jp/ に所属。

■北村早樹子日記

北村さんのストレンジな日常を知ることができるブログ日記。当然、北村さんが訪れた喫茶店の事も書いてありますよ。



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