決め手だったあいつ。1457文字#シロクマ文芸部
海の日を迎えた日の事だった。
当時中学3年生だった俺は、まだ自分が進学したい高校を決めかねていた。
けれど、そろそろ決めないと受験勉強が間に合わなくなってくる。
けれど、何処の高校を見てもイマイチパッとせず、何となくボーッと過ごしてしまっていた時に、その噂は聞こえてきた。
『西蓮寺 悟(さいれんじ さとる)が公立の高幹(たかみき)商業野球部に入るらしい』
俺は小学生の頃から野球をしていて、部活も野球部。ポジションは投手。
シニアクラブという選択もあったけれど、小学校の同級生と一緒に野球をしたくて中学の部活を選んだ。
そんな中学野球の中で、西蓮寺 悟は別格だった。西蓮寺はシニアクラブに入っていたが、試合をすれば話題になり、記録を出せば騒がれる。
そんな、強いやつだ。
「……高幹商業…………か……」
俺の進路は、この瞬間に決まった。
なのに………。
「なに、最後の最後で怪我してんだよっ!!悟!!」
「あははは、良いじゃん、準決には間に合うっていうしっ!」
「〜〜っそういう事じゃねーよ!」
夏の大会、シードだった野球部は、1回戦を無事勝ち抜き、この日は解散。
俺は先発し、交代する7回までは相手を1安打に抑えられていたものの、上に行けば行くほど、こんな風には行かないだろう。
何となく落ち着かなくなって海に来たが、そこへたまたま悟が通りかかったのだ。
「慎一がいれば、大丈夫だって」
「………無責任な事言ってんじゃねーよ」
受験勉強は必死にやった。俺の偏差値じゃ足りなかったから。
そしてやっとの思いで合格して、悟と仲良くなれて、ライバルになって、ここまでやってこれた。
悟は想像していたよりも人懐っこくて、おちゃらけている奴だった。
だけど、一度ボールを握れば、まるでスイッチが入った様に顔が凛々しくなる。
そんな悟の姿を見る度に、俺は受験勉強を頑張ってよかったと、心から思うのだ。
「悟………、俺、お前の変わり、出来るかな……」
「変わりじゃねーよ。唯一無二だろ?慎一の投げるカーブは、えげつねーぞ」
「………………」
ふいに悟に褒められて、俺は嬉しさを噛み締める。
かみ、締めていたのに……
「なに、黙ってんだよっ!!照れてんのか?慎一っ!!」
噛み締め終了…。(笑)
「うわっ!、馬鹿っ!!あぶねーよっ!!怪我してんだろーがっ!!」
悟は俺の後ろに回り込んで、ガバッと抱きついてきた。………中々の力だ…(笑)
「あはははっ!!!照れたか?慎一!!」
「おーいっ!!悟っ!!」
勝利の神様。
願うなら、叶うなら、努力もするから、悟と…皆と……もう少し野球をやらせて下さい。
一一一一一一一一一…………………
「これから行われる試合は、高幹商業対前原高校の試合です」
「いや〜、遂にライバル同士が準決勝で激突ですねー」
「高幹商業の先発は、プロ注目の西蓮寺 悟選手です」
「怪我をしていたようでしたが、間に合ってよかったですね!きっと、本人も気合が入っている事でしょう」
「試合前のインタビューでは、高幹商業の2番手投手、東岸寺 慎一(とうがんじ しんいち)選手について話してくれたんですが、東岸寺選手が投手として踏ん張って、引っ張ってここまで自分を連れてきてくれたので、チームの皆と、東岸寺選手に恩返しをしたいと話してくれました」
「恩返しですか。良いですね〜」
「高幹商業対前原高校。まもなく、試合開始です」
グラウンドを踏むスパイクの音がする。
味方を鼓舞する声がする。
俺と悟の、ハイタッチの音が響く。
試合開始の、サイレンが鳴るーーー。
〜終〜
こちらの企画に参加させて頂きました
小牧幸助さん。
ありがとうございました。
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