手紙には、書かなかったこと。1480文字#シロクマ文芸部
手紙には、ただ一言。
『優葉(ゆうは)ありがとう。またな』
……これだけ?……なんて思わなくもないが、でも、これだけで充分なのだ。
だけど…………
「けどな〜、俺は結構な量、書いたんだけどな〜手紙。」
高校3年生の夏。
俺の所属している野球部には、いつから始まったか分からない伝統が存在している。それは、最終学年になる3年生は、部活を引退する時に、同級生の部員全員に手紙を書くという決まり事。
……正直、すっごく大変だし恥ずかしいし、何となくむず痒い伝統だ。
けれど、俺がお世話になった先輩達は、ちゃんと手紙を書ききって、部活を引退する日に渡し合いをしていた。
俺達の代は、3年生18人。
便箋は部費から捻出され、3年生になった4月の最初の部活日に配られる。書ける時に一人ずつに手紙を書いてきたが、結構大変だった。
俺達の代は、割と皆仲が良い。
仲が良過ぎると駄目だ。なんて言われるけれど、俺達の代は例外だったと思う。
俺こと、増田 優葉(ますだ ゆうは)は、引退するまで主将をしていた。
主将になった当初は毎日慣れないことで辛く、人に言う以上自分もちゃんとしなければならなかった為、寮生活をしながら、何度父さんや母さんに連絡しようと思ったか分からない。
けれど、そんな悩んで、グルグルしている時に、それは届く様になったのだ。
「優葉〜手紙なげーよ〜」
「長くねーよ!公司(こうし)の手紙が短すぎるんだよっ!」
『優葉ありがとう。またな。』を書いて渡してきた本人登場である。
結局、父にも母にも連絡出来なかった俺は、顔を洗おうと部屋から出た。自室の扉を開けると、左端に何かがあるのが分かった俺は左端に目を移す。
すると、そこには1本のお茶のペットボトルと『優葉へ。あげる。』とだけメモ紙に書かれた紙が貼ってあったのだ。
筆跡を見ただけで、あっ。公司だな。
と直ぐに分かった。達筆で丁寧な筆跡と文字。こんなに字が上手いのは、野球部では公司たけだ。
公司は野球が抜群に上手い。
小柄な体躯にセンスと才能を持ち合わせていて、うちの4番バッターを務めていた。
でも、野球のセンスで全て持っていかれてしまったのか………頭は少し足りなめたけれど(笑)
そんなペットボトルの飲み物は、俺の気持ちが沈んでいる時に毎回届く様になっていた。いくら学校にある自販機でも、何本も何本も買うのは凄くお金がかかる筈。
それでも公司は俺の気持ちを察してか、必ずペットボトルと一緒に一言書いたメモ紙を置いていく。
『優葉へ。落ちるなよ』
『優葉へ。これ美味しかったやつ』
『優葉へ。ちゃんとやってる』
『優葉へ。ちゃんと出来てる』
『優葉へ。お前はすげー』
公司からもらった一言のメモ紙を、俺は全て野球ノートに貼っていて、俺の小さな宝物だ。
けれど、この手紙で、公司からの手紙も最後だ。
公司は、俺に気づかれているのを知っているのだろうか。
「公司」
「なんだよ」
「ペットボトルのお金さ、結構かからなかった?」
「え?………………………………………………えっ!!!」
「今度さ、休みの日。どっか遊びに行こうよ。今までのペットボトル代には足りないかもしれないけど、俺に何か奢らせてくれない?
……あっ!!ほら、公司言ってたじゃん!スイーツバイキング行きたいんだって!行こうか?!二人で!!」
「……ゆ、優葉…………、あの、えっとさ……」
「あんなに達筆な字で書いたら、直ぐに公司が書いたってわかるよ」
「い、いつから?いつから〜〜っ!!」
「……ありがとう」
「………えっ?」
「ありがとう。公司」
公司は顔を赤くして固まっている。
何だか愉快で面白い。
それに、この事は、敢えて手紙には書かなかった。
何故って?
驚く顔と、アタフタする顔と、直接お礼を言いたかったからだよ。
〜終〜
こちらの企画に参加させて頂きました!
小牧幸助さん。
ありがとうございました。
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