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気になる口癖 2371文字#青ブラ文学部

「心配いらない。投げられてるんだから大丈夫さ!」

「……………」

俺の同級生であり、野球部のマネージャーをしている雨粒 光留(あまつぶ みつる)彼の口ぐせは『投げられるんだから大丈夫』だ。

何かにつけその言葉を言う。

一投げられるんだから大丈夫一

俺を含めた部員の殆どは、何故、光留がそんな風に言うのか知らなかったが、それが光留流の励ましであると自然と認識し、それ以上誰も踏み込もうとしなかった。

光留は自分の意志でマネージャーになった。

……誰もがそう思っていたのだ。

◈◈◈
誰も居ないグラウンドを、ポツリと小さいライトがマウンドを照らしている。
俺はたまたま帰るのが最後になり、制服に着替えて自転車置き場へ行こうとしていた所だった。

小さいライトが照らすマウンドの上に立っていたのは、まだジャージ姿の光留だ。

今どき珍しくなってきたワインドアップ(振りかぶって投げる投法)をし、足を上げ、腕を降って球を投げるのかと思ったが、光留の腕は、まるで投げるのを拒むかの様に、光留の手からボールを離してはくれなかった。

やっとの思いで腕と手から離れたボールは…ホームベースに届く事はなく、手前で力を失い、コロコロと静かに転がっていった。

光留………お前………、まさか………

「……!!優生(ゆうき)……」

こちらに気付いた光留の目が、大きく見開かれこちらを見つめている。

まるで、見つかってしまった……バレてしまったとでも言う様に……。

「……光留」

俺は名前を呼びながら、少しずつ光留の居るマウンドに近付いていく。
光留は、俺を見つめていた目を逸らし、今にも泣き出しそうな顔を地面へと向けた。

「光留……もしかして……イップスなのか?肩を故障してるとかじゃなさそうだし、…」

「……………」

光留は、何も言わない。でも、それが答えのなのかな…とも思った俺は、適当に誤魔化して、話を逸らそうとした時……

「……うん…………っ……イップス………」

光留は、顔を地面に向けたまま、静かに答えた。俺は、「そっか…」としか言えなかった。

そこから光留はポツリ、ポツリと話始めた。

「中学3年生の春に、いきなり投げられなくなっちゃって……ピッチャーやってるのに、こんなの駄目だ、気のせいだって思ってみたけど、やっぱり駄目で……ホームベースに投げるどころか…キャッチボールさえ出来なくなって……」

絞り出すような声に、俺はただ耳を傾ける。

「……やっとの思いで、マネージャーで野球に関わろう、そう……決めたくせにさ……っ、やっぱり、投げたいって……皆と一緒にプレーしたいって……どうしようもない気持ちが襲ってきて……」

そんな気持ちが心を覆った時に、こうして一人で投げる練習をしていたらしい。

「……俺が……、投げられないなんて……小学生からピッチャーやって、投げる事が大好きだった癖に………」

そう言った後、地面を向いていた光留の瞳から、ポタッ、ポタッと雫が垂れた。

「……これじゃ……、駄目じゃんか……」

「……そう、誰かに言われたのか?」

「ううん。誰にも言われてない」

地面を向いていた光留の顔が静かに上がる。潤んだ瞳は、今にもまた零れ落ちそうな涙を溜めていた。

「誰でもない……自分自身がそう思った。駄目じゃんって……決めたんだから……もうクヨクヨするなって……っ、諦めろって…………」

俺は恥ずかし気もなく、光留に歩み寄り、光留を強く抱き締める。

部活をしている間、何気なく光留を見た時に感じた、少し悲しげに見えた表情の訳が、分かった様な気がしたのだ。

「光留……野球、諦めるなよ」

「……えっ?」

「投げられなくても、打って、走れば良いだろ!!代打!ピンチヒッターだよっ!!」

「……それは……監督からも打診されたけど、断った……」

『皆に自分がイップスだって知られたくなかったから』

「……!!!!」

「あははっ!!当たった?」

光留は、何で分かった??!と驚いているが、気にせずに俺は続ける。

「もう、俺が知っちゃったしさ!どうだろう、この際、開き直ってみると言うのは!」

「…………え……」

「俺、中学の頃の光留知ってんだ。投げて打って、うわ〜、ヒーローがここに居る〜って思ったんだよね〜!
……そしたら、高校同じでさっ!こればっかりは、勉強を頑張った自分を称えたよねっ!やった〜〜!!って」

「何だ?ヒーローって……同級生だろ?」

「同級生だろうが、ヒーローはヒーローで、今も変わってないんだよな〜あっ!嫌だったら止める!!そう思うの!!」

「…………いいよ、」

「……へ?」

「だからっ!そう思ってくれてて良いっていってんの!」

「そ、そう……?」

「うん………」

あっ!……話戻さないと……っ!

「ねえっ!光留……ピンチヒッターとして、選手に戻ってみない?……俺、光留のバッティング近くで見たいし、それにランコーで光留が居てくれたりなんかしたら、もっと心強いな〜……なんてっ!」

光留は、「分かった、考えてみる」と少し解けた顔で言って、この日は終わった。

俺が気になっていた光留の口癖の理由が分かった日でもあった。

そして、この日からわずか一週間後。

光留は監督と相談し、マネージャー圏プレーヤーとしてやっていく事を決めた。
自分のイップスの事も皆に話し、これからはマネージャー業と並行して練習に参加する事になる。

代打の要として活躍する事を決めた光留は、部員の皆から、前から明るかったけど、今の方がそれにハツラツさがプラスされてると言われる様になった。

ランナーコーチでも的確な指示や判断が出来る光留は、こちらでも活躍する事になる。

「優生!判断悪いっ!!」

「は〜いっ!!!!」

監督以上の厳しい鬼が爆誕してしまったが、それでも何処か…前よりも野球部は活発になった様な気がする。

このチームで何処まで行くことができるのか…とっても楽しみだ。

〜終〜

こちらの企画に参加させて頂きました!

山根あきらさん
今回も参加させて頂きました。
また長文になってしまい、なかなか上手くまとめられませんでした💦

ありがとうございました。



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