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【連載小説】『晴子』11

 その日は日曜日で、休日でも起床時間はほとんど変わらない私だが、なぜか昼過ぎあたりで眠気に襲われた。いつも仕事をしている時は、こんな時間に眠くなったりしないのに。仕事中の緊張感が(あるとしても、もうすっかり慣れっこになっているだろうが)、本来であれば来るべき眠気を遠ざけていたのかもしれない。
 日曜日が休日になるのは久々のことだった。休日の店はかき入れ時という事もあり、大概仕事に出ている。仕事がないときでも、一人で出かけることが多くて、だから日曜日が休日でかつ行くところも特になく自宅にいるというのは、私にしては珍しいことだった。
 珍しいことが起こると、そこに普段はやらない珍しいことを重ねたくなるものだ。例えば、手間のかかる料理をするとか、普段は手を付けない場所まで徹底的に掃除するとか、普段はあまり興味のない映画を観るとか、久ぶりに古い友人に電話するとか。そんな衝動に駆られなかったわけではないが、どれも今やるのは違う気がした。
 結局、日曜日はいつも通りに、というか、恐らく私が今日いつも通り仕事に出ていても変わらずそこにあったであろう出来事が流れ去って行く。季節を秋へと進める雨が降り注いだり、都内のどこかで起こった事故のニュースがスマホに現れたり、山下達郎がラジオからオールディーズを流したり、そんな風にして、日曜日の午後は流れていった。
 外が薄暗くなり雨が止んだ頃になると、買い物に出かけた。晴れていればまだ暑い季節だが、今日は先ほどの雨のおかげで少し涼しい。雨に洗われた街は、綺麗になるどころか、余計なものが洗い流された分だけそこに内在する汚らしさがむき出しになっているように思える。
 街の騒々しさを遮断したくて、持ってきていたiPodを再生してイヤホンを耳に差し込む。でも、特に聴きたい曲はなくて、結局何を聴こうか悩んでいる間にスーパーに辿り着いてしまった。
 スーパーの冷房はいくつになっても苦手だと思う。涼しい外気が遮断されて、冷えた空気が充満した空間に入ると、薄手のカーディガンでも持ってこなかったことを後悔した。お目当てのものを揃えて、早く店を出てしまおうと思った。
 店を出ると、また涼しい外気が、でも店の温度を比べるとムワっとしたぬるい空気が肌を覆った。レジを通る時に外したイヤホンをもう一度着け直す。しかし、またしても結局何を聴くのがいいか分からなくなる。雨上がりの薄暮って、本当に何を聴けばいいのだろう。
 自宅に到着する頃には、さすがに日は暮れていた。アパートの共有部分を照らす蛍光灯の周りには、大小さまざまな虫がまだ飛び交っている。結局、涼しいと思っていても、うっすらと汗をかく結果になった。それでも、雨がまた降ってこなかったのは幸いだと思った。家に帰るまで、何を聴くかは決められなかったけど。スーパーから一刻も早く出たくて焦ったからか、卵を買い忘れたことに冷蔵庫の前で気が付いた。


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