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【連載】しぶとく生きていますか?⑩

 山を下りたマタギから、田所巡査を通して、茂三がその話を聞いた。

 ある日、庶野に出向いた茂三が、派出所に立ち寄った折り、田所巡査が、
「茂三さん、二日ほど前になるべか。日高の山からおりてきたマタギから、例のヒグマの死んでいるのを、確認したらしい。身長二メートル、右肩に弾痕の穴があった」
「田所さん、間違いなくあのヒグマだべ」
「茂三さん、多分間違いない」
「わしらがあの時、徹底してあのヒグマを捜索した結果だべね。被害が出なくて本当に良かった」と茂三が安堵の声を上げた。
 気の優しい田所巡査が、一言こう言った。
「茂三さん、わしはしかし、手放しで喜べないのが本心さ」
「田所さん、どしてさ」
「人間も動物だべ。変な言い方だけども、野生動物と共存できないものかね」
「田所さん、それは無理というもんだべ。俺はこう考える。
人間は霊長類のてっ辺にいる。その人間が、やれ開発だ。経済を発展しろと、この襟裳の自然をも狭めていく。日高山脈には数えきれない野生動物が生きている。生きるためには餌が無ければならない」
「すると茂三さん、人間が野生動物の居場所を狭めているというのか?」
「んだ、人間生きていくために働いている。動物も生きていくために餌となるものを喰う。だども、いまの生活を向上するため生産活動のための土地を広げていっている。そしたら野生動物や植物はどうなる? 人間の生活範囲、野生動植物の活動範囲、そこの範囲をうまくバランスを保つことが必要だべね。自然を守るというのはそういうことだと思う」
「茂三さん、人間には知恵というものがある。何とかなるべ」
「これからここ襟裳も、北海道も、大きく言えば日本いや地球上の大陸や海の自然環境を知恵のある人間が、よく考えて、守っていくことが大事だと思う。環境を破壊していけば、とばっちりが来るような気がする。
 田所さん、俺は難しいことは分からないが、まあ、そういうことだべね」
 茂三と田所との会話は、尽きることが無かった。

 のちに襟裳自然林の伐採により、赤土が海に流入し、コンブやフノリ、バフンウニ(ガンゼ)が減少した。そればかりではなく、サケなどの魚介類もいなくなった。
 その対策として、『えりも式緑化工法』という植林により、陸と海のバランスを維持した。
 勿論、茂三が中心になって行動した結果だった。
 

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