見出し画像

【連載】私たちは敵ではない(7)

 年が明けて、私は会社の上司に郷里に帰ることを相談した。
 一旦は留保してくれたが私の意思が固いことに反論は難しいと判断し、退職願いを受理してくれた。

 住んでいるマンションを他人に貸すため、駅前の不動産屋に行き入居募集の手続きをお願いした。
 荷物は粗方処分したので、実家に持っていくものは、身の回りのものだけにした。ただ、本など意外と重いものは残った。

 区役所で移転手続きを済ませ、羽田空港に向かった。
 空港は混み合っていた。大きな荷物を抱えた家族連れや、ビジネス出張のサラリーマンなど様々な人々で混雑していた。

 航空券もいまやインターネットやカードで購入予約し、そのまま搭乗口をくぐり機内へ直行である。
 都市の地下鉄やJRなどでは、カード一枚で改札口を通り、カード残金が二千円以下になると、自動的にチャージされる仕組みのものもある。後日、当然銀行から引き落しとなる仕組みだ。便利な世の中になった。

 到着した空港からバスに乗り、実家に着いたのが、夕日が眩しい時間だった。お袋は喜んでくれた。

 夕飯のあと、お袋が思いがけないことを言った。

 お袋は寂しさに耐え兼ねて、狸の家族と付き合うようになったらしい。
 すでに付き合うようになってから半年ほど経つようだ。
 人間と違って狸の家族は、よく話し相手になってくれ、お袋のことを心配してくれた。お袋は大層感謝した。
 その狸の家族は、実家の裏山にいる三匹であった。
 週に二日ほど実家に来るようだ。
 お袋は、そのことを私に隠す事は出来ないと思ったらしい。
 半信半疑ながら、いまさら付き合いを止めるわけにも行かず、私にも付き合うよう薦めるのであった。
 私はお袋にその狸連中と一度会ってみる旨承諾した。

 引越しの荷物の整理やら、役所への手続きやらで一週間ほどバタバタした。
 落ち着いた頃を見計らったように、狸の家族が家に遊びに来た。
 お袋は私のことを狸の家族に紹介した。
 私の第一印象は、日本語も喋るし、気持ちがやさしい狸の一家であると思った。お袋も安心したのか、その日は心持ち嬉しそうだった。

 狸の一家はお父さん狸にお母さん狸、それに雌の子狸である。
 狸はよく家族で一緒に行動する。何よりも家族を大事にするようだ。
 それに他人の心を読み取ることができる。なかには人間を操る狸もいるようである。そのような能力を持ち合わせている狸もいるが、滅多にそのように人間の心を操ることはしない。ということは、相手を思いやる心を持ち合わせているのである。

 最近は同じ動物の中でも人間が人間らしくない行動をする人を見かける。

 私は、狸一家とどうお付き合いをしていけば良いか悩むのであった。お袋の手前、無下には出来ないが、自然体で接するのがいいのかもしれない。要はあたり障りの無い付き合いでいいのではと考えた。

 仕事を探すのも億劫で、のんびり過ごしていた。
 その間、あの狸の家族が何回か遊びに来た。
 実家は山の中の一軒家でポツンと建っており、周りを気にする必要も無い。まして、私自身、狸の家族がちっとも負担にならないのである。
 徐々に自分の気持ちが溶け込んでゆくのであった。

 一年が経つのは早いものである。
 その年の暮れ、久々にお袋を連れて近くの有名な温泉場へ繰り出した。一泊二日で出かけた。
 買ったばかりの小さな自動車で出かけた。
 時節は真冬である。冷えた体に温泉の湯は心地よく沁みた。
 私はお袋に、
「最近、狸の家族が遊びにきていないね」と、聞いた。
「それはお前、いまの時期、狸は冬眠しているのよ」と言った。
 私は、狸も熊のように冬眠するのかと、感心した。

 お袋と二人きりの旅で、それなりに親孝行ができたと、私は一人満足した。
 次の日は、温泉場の近くの観光地を散策して帰宅した。
 
 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?