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【連載】しぶとく生きていますか?⑭

 茂三はその小舟に乗った。船頭が櫂をこぐ。ギィギィと音がする。遠くを眺めると、彼岸は荒涼とした風景で、心寂しい感じがした。
 真っ赤な彼岸花が一面に咲き誇っていた。

 小舟を降りると、そこに老人が立っていた。口が耳元まであり、しゃべるとほとんどの歯が抜け落ちており、残っているのは二~三本のみだった。
「茂三よ、よくおいでなすった」とその老人が言った。茂三は、
「爺さんよ、俺はこれから、どこに行けばいいんだべか」と尋ねた。
「お前さんは、生前どういうことをしたか、このおいぼれじじいにはすべてわかっておる。フンコツのかかあと子供が恋しいか?」
「早く会いたいのだけども」
「茂三よ、お前さんは死んだんだよ。あの時、大波に持っていかれ沖に流されて溺れてしまったのさ」
「俺は死んでしまったのか? もうフンコツには戻れないのか?」
「そんなことはない。お前が娑婆に戻りたいと思うなら、戻してもよい。だがな、茂三よ、お前さんが住む地球では人間同士が醜い争いをしている。お前が愚かな人間どもを争いの呪縛から目覚めさせると約束するなら、娑婆に戻してやってもいいぞ。なかなか一筋縄ではできないことだぞ」とその老人は、言った。
 茂三は、途轍もない難題だと感じたが、一時も早く娑婆に戻りたいと思い「やってみる」と低い声で言った。
 すると、その老人がスーと何処かへ消えた。茂三はその場に立ち尽くしていた。

 暫くしてその老人が現れた。そして、こう言った。
「茂三よ、早く戻りな」
 振り向くと、川べりに乗ってきた小舟が付けられ、船頭が手招きしていた。茂三は、その老人にうながされ小舟に乗った。
 対岸についた小舟から降りた茂三は、枯れ木のところまで来た。そこにはあの老婆が茂三を待っていた。
「旦那、ほら、お前の衣類だ」と言って、茂三の衣類を渡してくれた。そして、
「当分、ここには来るなよ」と言って、にゃと気味悪く微笑んだものである。

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