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人類が滅亡しても、私は私のためにおしゃれをする(たぶん)

私はおしゃれをする時間が好き。
おしゃれといっても人によっていろいろな解釈があるだろうけど、私にとってはメイクやファッションがそれに当たる。
スキンケアで肌の状態を整え、その日の気分に合ったメイクを施し、その日の天気や予定を考えながらコーディネートを組む。
アクセサリーボックスの前で、どのリングを付けるか悩む時間は、至福だ。

さて、こういった行動は、旦那と出掛けるときも、一人で出掛けるときも変わらない。
ということは、私のおしゃれは旦那のためではないことがわかる。

ではいったい、私は誰のためにおしゃれをしているのだろう。

少し考えれば明白だ。私は、ワタシのためにおしゃれをする。
もっと言えば、私以外の何者のためにもおしゃれをしたことがないともいえる。

もちろん、デートやパーティーといった特別な日には、いつもよりも気合いを入れておしゃれすることもある。
けれどそれも、私のため。
デートなら私が自信を持つためにメイクをするし、パーティーではいつもと違う私を楽しむためにドレスアップをする。
どれも私のためなのだ。

こういうことを書くと、「じゃあ人類が滅亡してもおしゃれするのか?え?え?」なんて意地の悪いことを考える人もいるだろう。
私の答えは、「YES」だ。
もちろんそんな状況になったことがないのだから、心境がどう変化するかはわからない。
実際にそうなったら真っ裸で地面に寝転んでいるかもしれないし、太り放題で怠けた生活を送るのかもしれない。
けれど、今の私がその状況を想像するならば、メイクやファッションはやめていない。
むしろ”お金”という概念が存在していないのだから、そこら中にある服やコスメが使い放題なのでは?という部分に気持ちが飛んでしまう。
それほどに、私にとっておしゃれは私らしくいる手段なのだ。

念のため言っておくけれど、「おしゃれ」という言葉には人それぞれの感じ方がある。
80年代のファッションをおしゃれと感じる人もいれば、最新のトレンドを取り入れたファッションをおしゃれ」という人もいる。
だから、万人にとっての「おしゃれ」という概念は存在していない。
そんなこといったら、万人がまったく同じ解釈をしている言葉なんてこの世にないのかもしれないけれど。

とにかく、私が「おしゃれ」することが好きだからといって、あなたにとって「おしゃれ」かどうかはわからない。
「これだけ語っておいて、大しておしゃれじゃねえな」というツッコミは心の奥の奥の奥で留めておいて欲しい。(傷つくからね、すごく)

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